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スペシャルインタビューSPECIAL INTERVIEW

「明るい未来をイメージしてください。 
それができた時、今の自分が動き出します」

 

他者の喜びを、自分の喜びに

 
約26年というキャリアを走り切った棚橋さん。そんな棚橋さんだからこそ思う、理想のプロレスラー像とは、一体どのようなものなのだろうか。
 
「それはやはり、僕ですね。僕みたいな選手は、本当に今後100年経っても出てこないと思います。というのは、置いておいて(笑)。やはりプロレスは、ファンの皆さんに見られて初めて成立するものだと、コロナ禍の時に痛切に感じました。ファンの方が応援してくれて、それを糧に頑張った選手たちのエネルギーが、再びファンの皆さんへと届く。プロレス会場は、まるでパワースポットのような場所なんです。だからこそ、理想のプロレスラーというのは、他者の喜びを、自分の喜びにできる人物だと考えています。少なくとも、僕はずっとそう思って頑張ってきました。きつい練習や試合も、ファンの方に喜んでもらえるからこそ、頑張れるんです。その思いを、これからの選手たちにも伝えていきたいですね。もちろん、これはプロレスラーだけではなく、どのような分野の職業にも言えることだと感じます」
 
棚橋さんは、今後も社長として新日本プロレスを支えていく。そんな棚橋さんに、団体の将来についてうかがった。
 
「社長としての一番の目標は、過去最高益を出し、新日本プロレスをもう一段階上のステージにもっていくことです。ただ、この未来はすでに掴んでいるようなものでして。今は、新日本プロレスの選手の充実度が本当にすごいんです。過去にはアントニオ猪木さん・藤波辰巳さん・長州力さんがいて、その次の世代からは武藤敬司さん・蝶野正洋さん・橋本真也さんという闘魂三銃士がいて、その次は第三世代である中西学さん・永田裕志選手・天山広吉選手・小島聡選手と続き、そしてその次に僕や中邑真輔という風に、これまではトップを狙える選手が多くても4人という形でした。しかし、今は辻陽太・上村優也・海野翔太・成田蓮などと、そこにウルフアロンも加わり、優れた選手が大勢いる群雄割拠の時代なんです。この争いに、自然とファンの方の熱も入ります。ファンの方でも想像のつかないドラマがこれから生まれていき、楽しい時間が続いていくと思います。いざとなったら僕も復帰しようと考えていたのですが、どうやら出番はないみたいですね(笑)」
 
次世代のエネルギーが渦巻く新日本プロレス。その中でひたむきに努力を重ねた先に、引退していく選手たちもいるだろう。選手たちのセカンドキャリアについても、団体としてサポートを積極的に行いたいと棚橋さんは語った。
 
「今で言うと、永田裕志選手は自身で株式会社ナガタロックを設立して、会社同士の契約を結んでいます。他にも、引退してから新日本プロレスの社員として働く道を選んだ方もいるんです。そのように引退後のプロレス選手には、社員として働いたり、後輩の育成をお任せしたり、飲食店などの新しい事業に挑戦したりと、無限の選択肢があります。そうした一人ひとりの引退後の道を、団体を通じてサポートしていきたいと思っています。そうやって輝かしい未来を見せることで、自然とプロレスラーを志す子どもも増えていくと思うんです。プロレスラーになりたい子どもが増えれば、より有望な人材が新日本プロレスにも入ってきます。そうした好循環をつくり上げ、新日本プロレスをさらに50年、100年と続く企業にするのが、今の僕の夢です。僕自身、“100年に一人の逸材”というキャッチコピーを謳っていますが、新日本プロレスの歴史はまだ46年しかありません(笑)。僕の言葉を証明するためにも、遠い未来を見据えた会社づくりを目指します」
 
最後に、目の前の苦境を乗り越え、挑戦を続ける全ての人に向けたメッセージを、棚橋さんに語ってもらった。
 
「明るい未来をイメージしてください。そのイメージができた時に、今の自分が動き出します」
 
(取材:2026年4月)
取材 / 文:木村 祐亮
写真:竹内 洋平
 
 
新日本プロレスリング株式会社 代表取締役社長
棚橋 弘至
 
棚橋 弘至
1976年11月13日生まれ。岐阜県大垣市出身。高校時代まではプロを目指して野球に打ち込む。その後は立命館大学法学部に進学し、プロレス同好会で活動。1998年、3度目のテストを受けて合格し、大学卒業後の1999年に新日本プロレスに入門する。同年10月10日、真壁伸也(現:真壁刀義)選手を相手にデビュー戦を飾る。2003年に初代U-30無差別級王者となり、自身初のタイトルを獲得。2006年にはIWGPヘビー級王座初戴冠を果たした。2011年に5度目のIWGPヘビー級王座戴冠を経て以降は、破竹の勢いで勝利を重ね、11度の連続防衛に成功。2023年12月23日、新日本プロレスリング株式会社の代表取締役社長に就任し、プロレスラーとの二刀流で邁進。2026年1月4日の東京ドームにて、オカダ・カズチカ選手との引退試合を行い、超満員札止めの中、約26年のキャリアに幕を下ろした。キャッチコピーは「100年に一人の逸材」、決め台詞は「愛してま〜す!」。現在は社長業に専念し、新日本プロレスの過去最高益の実現を目指すべく、新たな挑戦を続けている。