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スペシャルインタビューSPECIAL INTERVIEW

挑戦するから仕事はおもしろい
世界が驚嘆した金型技術の秘密

 
 
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 「考える」 ことは、自分で自分の可能性を見出すということだ。たとえば、自分が経験してきた仕事であれば、人は誰でも 「これならできる」 と思うだろう。反対に、経験したことがない仕事であれば 「できるかどうかわからない」 もしくは 「できない」 と腰が引けてしまう。
 しかし、ここが分かれ目だ。
 岡野氏は、技術的に難しくて人ができない仕事を選んでやっていく。もちろん自分にだってその製品を作った経験はない。だが、頭からできないと決めてかかることはしない。岡野氏の江戸っ子らしい意地が、ここで出てくる。
 
「俺がよ、みんなと違うところがひとつだけあるんだ。人が 『ダメだ、できねえ』 っていうことをやりたがる。みんながやらないことをやってきて、みんなができないことをやろうとする。あいつは変わりもんだ、誰もやりたがらないことをやるなんざ、どうかしてる。そんなことを言われても、俺にしかできねえことをやり続けてきたんだよな」
 
 

世界発の注射針の開発へ

 
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インスリン用注射針 製造販売元:テルモ(株)

 誰しもができないことで、岡野氏だからできたこと――。それは、今までの岡野工業の歴史をふりかえると、とても一度の掲載で語りきれるものではない。しかし、あえて例をあげるなら、やはり医療機器メーカーテルモの 「ナノパス33」 の開発エピソードを紹介しよう。
 
 「ナノパス33」 は、「マイクロテーパー針」 という販売名の注射針である。
 注射針といえば、誰にとってもあまり好まれる響きではないかもしれない。誰もが、子どもの頃にインフルエンザワクチンの予防接種などで、あの痛みを経験しただろう。「注射は痛い」 というイメージは変えようがなく頭に残っている。太い針は痛い。注射に使われる針の直径は通常0.4ミリもあり、その後、0.3ミリの針も登場してきてはいるが、大同小異で決定的な改良とは言えなかった。
 だが、岡野氏が開発した「ナノパス33」 の直径は0.2ミリ。液が通過する針穴の内径はなんと0.08ミリという、常識を覆す細さを実現した。名実ともに 〔世界で最も細く・痛みのない注射針〕 をこの世に生み出したのだ。
 さらにこの針にはもうひとつ革新的な仕掛けがあった。先端の外径0.2ミリ/内径0.08ミリという細さの中で、根本から先に行くほど細くなるというテーパー形状にする工夫を実現したのである。この形状にすることで、液が針の中を通る際の抵抗がぐっと低くなる。
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「ナノパス33」 のカット写真。先が細いテーパー形状になっていることがよく分かる (写真提供:テルモ株式会社)

 
「溶接して板をひっつけてるわけじゃないし、針の中もちゃんと研磨してあるから、液がうまいこと流れるんだよ」
 
 一枚の金板を丸めるだけ。溶接しないから出っ張りがなく、テーパー構造により液がスムーズに流れる。無理に流し込まなくていいからさらに痛みが減る。 ・・・岡野氏の金型・プレス技術があってこそ実現した、まさに “夢の注射針” だ。
 「ナノパス33」 は、日常的に注射をしなくてはいけない糖尿病の患者たちに、劇的な変化をもたらした。インシュリン注射のたびに味わっていた痛みからも、「痛いと知りつつ針を刺す」 というストレスからも開放されたのだ。患者のクオリティオブライフ(QOL) が重視される中、これはとてつもなく大きなことだった。
 
 

誰にもできないことに挑む

 
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 「ナノパス33」 にはある開発秘話がある。テルモの社員で、新規注射針の開発担当だった大谷内哲也氏は、2000年に岡野工業を訪ねた。数え切れないほどの会社や工場に0.3ミリを超える細さの注射針の開発を打診してきたが、どこも引き受けてくれなかった。「うちにはできない」 「そもそも技術的に不可能」 と断られ続け、最終的にたどりついたのが岡野工業だった。
 当時のテルモは業界ナンバー2の地位に甘んじていた。トップは二プロ。株価、技術力etc・・・テルモは二プロを超えることがどうしてもできなかった。大谷内氏はそれに歯がゆい思いをし、そして信じていた。「この針を開発できれば、テルモは飛躍する」。もちろん自社の躍進だけではない。痛くない注射針を作ることができれば多くの糖尿病患者の人々が注射の痛みから解放される。「注射は痛いもの。仕方ない」 という常識をくつがえしたい――。大谷内を突き動かしていたエネルギーに、岡野氏は敏感に反応した。
 「よし、やろう」 岡野氏は開発を引き受けた。もちろん闇雲に浪花節や精神論だけで突っ走ったわけではない。「俺ならできる」 という自信と、大谷内氏の企業人としての正直な気持ち。この二つが、「他の誰にもできないなら、俺がやり遂げてやる!」 と岡野氏の挑戦意欲に火をつけたのだ。
 
 「うちは元々、金型屋だった。だけど、金型屋だけに収まってちゃ、やりたいようにやれないこともある。だからプレスを始めたんだけど、それって掟破りなんだよ。ご法度なんだ。でも、プレス屋がお手上げで捨ててる仕事を引き受けるんだ。誰にも迷惑をかけちゃいないし、俺はやると言ったらやるよ。誰にも真似できないようなことをやる」
 
 
 

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