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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

人を大事に飛躍する システム開発会社
株式会社ノバックス 代表取締役社長 地曵祐哉

 
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インタビュアー 内山高志(元ボクシング世界王者)
内山 東京都豊島区でシステム開発などを手がける株式会社ノバックスの地曵祐哉社長とお父様の地曵光雄会長にお話をうかがいます。さっそく事業内容を詳しく教えていただけますか。
 
地曵(祐) 弊社はシステム開発、システムネットワークサービス、カスタマーサービスの3本を柱に、業務システムの開発から精密機械の動作検査まで多彩な事業を展開しています。仕事のほとんどは、お取引先の企業に出向して行っており、社員たちはそれぞれ異なる環境に飛び込んで頑張ってくれています。
 
内山 創業者でもある地曵会長は、ITの専門家なのでしょうか。
 
地曵(光) いや、それがまったく違うんですよ。もともと私は某テレビ局内でニュース原稿を書く仕事をしたり、アパレルの会社で人事・総務の仕事をしたりしてきました。社会保険や給料の計算が大好きで、10年もすると「やり尽くした」という満足感と、「自分が社長だったらこうするのに」という経営への意欲が湧き上がるようになったんです。さらにその後、社員を2000人も抱える大手コンピューターメーカーで人事課長を務めました。
 
内山 それくらいの規模になると、人事のお仕事もスケールが大きいのでしょうね。
 
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地曵光雄会長
地曵(光) ええ、自分がリーダーとなり毎年250人もの新卒を採用していました。その次には「どうしても来てほしい」と誘われて社員30名の小さなゲーム会社に転職したんです。そこでは、「システム開発部門を立ち上げたい」と経営者に直訴して、新たな人材を20名ほど採用し見事に立ち上げに成功しました。しかし、ゲーム事業とシステム開発事業との共存は難しく、ゲーム会社を退職し、1994年に弊社を創業することになりました。ノバックスという社名は常に前進し、飛躍し続けること、つまり「ノーバック」という意味を込めています。
 
地曵(祐) 私は前職で建築系のメーカー会社に勤務していまして。その時はノバックスに入ることはまったく考えていなかったのですが、会長から「ノバックスで自分の力を発揮してみないか」と誘いを受け、弊社に転職しました。代表取締役に就任したのは2019年です。システム開発の会社ですから、「エンジニア出身なんですよね」とよく言われます。しかし弊社では会長が人事畑出身で、私も別の業界から転職してきた人間ということもあって、会長の意思を引継ぎ、何よりも“人”を大切にしながら事業を拡大しています。
 
 
 
 

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