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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

ケーブルテレビの工事で
社会のインフラを支える

 

阪神・淡路大震災で仕事の使命感に目覚めた

 
狩野 まさに、時代の最先端を走り続けるニシムラサービスさん。しかも、通信だけでなく多彩な分野の電気工事をお任せできるそうですね。
 
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松澤 おっしゃるとおり、弊社はLED照明や太陽光発電・エアコン・防犯設備などの工事も得意で、それぞれの専門知識を持ったスタッフが、暮らしや事業に密着した工事を幅広く手がけているんですよ。また、省エネ設備を導入すると自治体に補助金を申請できる場合も多く、弊社は、その手続きを代行するサポートも行っています。
 
狩野 そういった補助金があるとは初めて知りました。省エネ設備の導入を考えていても、その存在を知らない方はいるでしょうね。知っていたとしても、書類申請の手間を考えると諦めてしまう人が多いと思いますよ。ニシムラサービスさんは、そういったかゆいところに届くサービスを提供してくれるわけだ。それでは、会社の歩みや松澤社長が電気工事業界に進んだきっかけをお聞かせください。
 
松澤 弊社は、1982年に先代が創業した会社です。私は2009年に弊社に入社しました。そして昨年2019年9月に先代から経営を引き継いだんです。私自身はもともと実家が呉服屋で、子どもの頃から父に「商売はおもしろいで!」と言われ続けていました。その言葉を胸に、22歳で通信・電気工事会社に就職したんです。
 
狩野 松澤社長がこの業界で働き始めた当時は、まだ黒電話が使われていた時代ですよね。
 
松澤 ちょうど黒電話がプッシュホンに変わり、光ファイバーも普及し始めた頃でしたね。私も、猛烈に働きながら新たな技術を学んできました。ただ、当時はお金を稼ぐことしか考えていなかったのが正直なところですね。
 
狩野 その意識は、どのように変わっていったのでしょうか。
 
松澤 私が大阪の会社に勤めていたときに、阪神・淡路大震災が起きました。その頃の私はまだ26歳でして。会社からの指示で被災地の復旧に向かいました。どれほどの地震が起きたのか理解していなかったことと、自分の腕に自信を持っていたこともあり、最初は軽い気持ちで車を走らせていたんですよ。ところが、神戸に近づくにつれ街の崩壊具合がどんどんひどくなっていることに気付きました。
 
狩野 被災した様子を目の当たりにして、事態の重さを実感されたのですね。松澤社長は、どのような復旧活動に携わったのでしょう。
 
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松澤 倒壊した携帯電話の基地局を復旧させる活動です。そして、この経験があったおかげで「自分の仕事は、社会のインフラを整備するためにある」という使命に目覚めることができたんです。
 
狩野 仕事にスイッチが入る瞬間というのはありますよね。私も高卒でプロ入りし、6年目に2軍で首位打者になりました。でも、1軍に呼ばれると打てない守れないで戦力になることができなかったんです。「このままでは終わってしまう」と危機感のスイッチが入ったのはその年から。嫌いだったウェイトトレーニングにも熱心に取り組み、ようやく1軍に定着できるようになりました。
 
 
 
 

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