コンプレックスをバネに努力してきた

インタビュアー 内山高志(元ボクシング世界王者)
髙津 私は中学校を卒業してすぐに、内装業の会社に就職しました。その後、解体業や鳶職を経て17歳で電気工事会社に転職しまして。初めて仕事にやりがいを感じたものの、給料などの問題で複数の会社を経験することになりました。その中で、人に使われるのではなく、自分の責任で判断したいと思うようになり、22歳のときに個人事業で独立しました。弊社を設立したのは24歳のときなので、法人化して今年2019年で15期目になります。
内山 10代の頃からご活躍とは、ベテランですね。ぜひ、エレクラフトという社名の由来も教えていただけますか。
髙津 これは「エレクトリック+クラフト」。電気+技術の融合を意味する私の造語です。その名のとおり、電気に関するさまざまな技術をご提供するという意気込みを表している社名です。
内山 なるほど。気持ちのこもった良い名前だと思います! それにしても、15歳から社会の荒波に揉まれる中で、さまざまなご経験をされてきたことでしょう。その強靭なファイティング・スピリットはどこから湧いてくるのですか?
髙津 私は一度、電気工事を辞め運送業界に転職しようと考えたことがあります。ところが、電話面接で「中卒」と言った段階で約10社に断られた経験があり、このときのコンプレックスをバネにして、私は人との学歴の差を埋めるため努力し続けると決めました。弊社を立ち上げたのも、電気工事に全力を注ぐことを周囲に宣言し、「やるしかない」と退路を断つためだったんです。