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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

大衆演劇の衣装販売で
堅実に成長する呉服店

 

一喜一憂せず何が起きても前を向き続けた

 
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吉井 いくら社内の成績が良くても、業界全体が落ち込んでいたら不安にもなりますよね。
 
 そうですね。最初は輝きながら働けていましたが、それなりの立場になって見えるようになった景色が、自分の成功した場所だとは思えず楽しめなくなっていました。その状態で働くのは嫌でしたが、ほかにやりたいことも行きたいと思う呉服店もありません。それなら、何のあてもないけれど自分でやる方が現状よりは良くなると考えて、近隣に呉服店がない土地で物件を探し、2014年1月、27歳の時に起業しました。
 
吉井 思い切って独立をされてみて、最初はいかがでしたか。
 
 一人で開業する人間がほとんどいない業界だったので、苦労しましたね。近くに呉服店がない場所を選びましたので、地域の方々に喜んでいただきたいという思いもあり、お応えできる要望がないか、積極的に聞きまわっていました。あまりのしんどさに半年ほどは生きた心地がしなかったくらいです。でも振り返ってみれば、この時の経験が大きな自信になったと思います。
 
吉井 必ず成功するという確信があったから頑張れたんでしょうね。
 
 確かに、自分はやっていけるという根拠のない自信はありました。ところが、店の運営は軌道に乗ったものの、一人で開業して業界を見返したいという気持ちは満たされることがありませんでした。そこで1年後、呉服店の多い天神橋にあえて店舗を移転したんです。しかし、ライバル店も多かったため、取り引きの重なる問屋さんが離れていき、移転と同時にまた一からのスタートを切らざるを得なくなりました。
 
吉井 それは大変でしたね。その逆境を、どのように乗り越えてきたのでしょう。
 
 一つひとつの出来事に一喜一憂せず、何が起きても「そんなもんだ」と前を向くようにしました。そして、先人が切り開いてきた業界が斜陽産業になっているわけですから、これまでと同じことをするのではなく、根本的に何かを変えるべきだと思ったんです。結果的には関係が途切れたおかげで会社の方向性と合う新たな問屋さんに手を差し伸べていただきました。創業からしてきたことが、無駄ではなかったと感じた瞬間でしたね。大衆演劇衣装に本格的に力を入れ出したのもこの頃からでした。
 
吉井 苦労がある中でも前を向き続けた結果、活路を見出したんですね。では、どのような形で、大衆演劇の衣装販売が事業を上向かせることになったんでしょうか。
 
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 ある日、京都の問屋へ着物の仕入れに行くと、もともと仲が良かった同業者の方と道でばったり出会いました。というのも、京都問屋街は広いようで狭く、知り合いによく会うんです。当時、私はすでに大衆演劇の衣装販売も手がけていまして、そのことをお話ししたところ、横にいる人を指して「この方は大衆演劇の衣装をつくる職人や」と紹介してくださったんです。驚きましたが、その職人も大衆演劇衣装に力を入れる新たな呉服店が見つかったことに、とにかく喜んでくれました。この出会いが今に続く、一番大きな出来事でしたね。
 
吉井 驚きの出会いがあったんですね。でも、その縁を手繰り寄せたのは、原社長が前を向いてチャレンジを続けたからだと思います!
 
 
 
 

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