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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

優れた発想力と実行力で光ファイバー製品を開発
株式会社ワイヤードジャパン 代表取締役 杉原寛

 
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インタビュアー 城彰二(サッカー元日本代表)
城 光ファイバー製品の開発・製造を行っている株式会社ワイヤードジャパンさん。まずは杉原社長のご経歴からお聞かせください。
 
杉原 私は富山県の出身で、もともとは地元の商社に勤務していました。1980年頃、アメリカの大手化学工業メーカーが製造した光ファイバー製品に触れる機会があり、興味を持ったんです。当時はまだ光ファイバーは実用化されたばかりでした。従来の伝送路は電気信号や電波を用いたもので、機械の製造工場などでは生産設備で使用される磁石や電気モーターから発生する電磁波の影響で、通信障害が発生しやすいのが難点でした。そこで、電磁波の影響を受けずに信号を伝送できる光ファイバーケーブルが次第に重宝されるようになったんです。そんな時期に、アメリカで光ファイバーを開発しているベンチャー企業を訪ねたのが、この業界に携わるきっかけになりました。
 
城 現在でこそ光ファイバーは、さまざまな場所で当たり前のように使われています。しかし、それが実用化されたばかりの頃から、注目していらっしゃったんですね。
 
杉原 ええ。まだインターネットが普及する兆しが見え始めた時代でしたね。その頃、日本の大手電機メーカーがアメリカに進出して、半導体を製造することになったんです。そこで1995年、私は半導体の生産に必要な光ファイバーをメーカーに納入するために、アメリカのルーセント・テクノロジー社の代理店として弊社を設立しました。その後、光ファイバーの技術を日本でも役立てたいと思い、国内への光ファイバーの販売を開始したんです。
 
 なるほど。御社の事業はアメリカから始まったわけですね。海外で事業を展開するにあたり、多くの苦労もあったのではないですか?
 
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杉原 そうですね。当時はいろいろな困難がありました。でも、たとえ英語がわからなくても、営業のために現地の会社に飛び込んでいく。そんなチャレンジを繰り返すことで、良い仲間との出会いもあったんです。その中にワシントン大学でMBA、つまり経営学修士の学位を取得したアメリカ人がいまして、彼の考え方がとても印象に残っていますね。それは、「仮に今は資金がなくても、最終的に利益を生むために仕事をするのだ」というものです。目標を実現するための明確な道筋をつけ、その過程で見込まれる問題は先回りして対処する。その考え方をもとに、自分が思い描いたものを実現していったんです。