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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

ピンチをチャンスに変え
独自の住宅機器で躍進!

 

オリジナル製品を開発し業界の習慣を変えた

 
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小玉 その後、支店長の誘いを承諾してその商社に転職した私は、試行錯誤を続けながら次々と新しい顧客を切り開いていきました。
 
石黒 ヘッドハンティングとは、すごいです! でも、デパートと商社ではビジネスの仕方が正反対ですよね。
 
小玉 おっしゃるとおり、デパートは待ちの商売ですが、商社は外に出てお客様を見つけなければなりません。そこで私はマンションについて書かれた本を次々に読み、そこに載っていたデベロッパーに売り込みました。やがて工事の手配も売掛金の回収も、すべて自分の手で行う私のやり方が業界で評判になったんですよ。「これなら独立してもやっていける」と思った私は、1975年に35歳で独立。翌76年に弊社を設立しました。
 
石黒 40年以上こうして事業を続けておられるということは、さぞ順風満帆な歩みだったのでしょうね。
 
小玉 いえ、なかなかそうはいきませんでしたね。私が商社にいるときはちやほやしてくれたメーカーさんが独立した途端に手のひらを返し、「取り引きはできません」と言われました。それまで付き合っていた問屋とは別の卸会社を通すことで、なんとかピンチを切り抜けたんですよ。その後、バブル期には年商も3億5000万円に達しました。
 
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石黒 ところがそこへ、バブルの崩壊が襲ってくるのですね。
 
小玉 はい。バブルが弾けて数年後には、お取引先のほとんどが倒産したり会社を畳んだりしました。弊社の売り上げも、年商5000万円にまで落ち込んでしまったんです。そこで私は、再び必死になって新規開拓を始めました。新聞に載っているマンションの広告やチラシを見てはデベロッパーにアタックし、「ワンルームマンション用のオリジナル製品をつくりませんか」とご提案したんです。
 
石黒 ということは、開発に協力してくださるメーカーさんがいたのですか。
 
小玉 新潟にとても仲の良いメーカーがあり、私はその会社の専務に、オリジナルキッチンの開発を頼みました。専務もすぐに協力してくださり、その製品のおかげでコンスタントに受注が伸びていったんです。
 
 
 
 

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