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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

全員野球をモットーに 
物流業のイメージを刷新

 

被災地支援を通じて従業員の心が一つに

 
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鈴木 東日本大震災の直後は相馬市に、支援物資を届けるボランティアを行なったそうですね。
 
長澤 はい。市が協力を呼びかけて、支援物資がたくさん集まっていました。物資の提供や仕分けは、市民のボランティアの方々が行なっていたんです。それを知って「被災地に物資を届けるのは運送業者である我々がやらなければ」と決意し、市に協力したいと伝えたんです。
 
鈴木 御社の宮城県や福島県の営業所も被害を受けたと聞いています。あの当時は燃料の確保も難しい社会状況でしたから、苦労もあったんじゃないですか。
 
長澤 従業員たちには「みんなで協力していこう!」と呼びかけました。ただ、おっしゃるとおり「燃料がないのに大丈夫なのか」「お客さんを断ったら大変ですよ」「放射能はどうなんだ」など、物資輸送がいいことだとわかっていても心配する声はありましたね。それでも、私は物資の輸送をすべきと考え、みんなに呼びかけを続けたところ「俺行きますよ」と言ってくれるドライバーが現れまして。燃料確保もままならない中で、流山市と相馬市を往復してくれました。
 
鈴木 素晴らしいですね。被災地を目の当たりにして、ドライバーの方々も感じることがあったと思います。
 
長澤 被災者の方々のお話に涙することもあったそうです。そして、物資を届けた先の皆さんが笑顔になってくれるのが嬉しかったと。そんな彼らが相馬市から戻るたびに、同僚たちもねぎらいを持って迎えていたし、被災地の悲惨な状況を聞いて涙を流していました。そのときに私は、支援物資の輸送を通じて従業員全員の心が一つになったと感じたんです。
 
鈴木 なるほど。支援活動をしていく中で、みんなの心が自然と一つになっていったわけですね。
 
長澤 はい。そして、従業員の心の教育ができたと思いましたし、チームワークの大切さを実感しました。
 
鈴木 野球の世界で生きてきた僕には、チームワークの大事さは身に染みていますよ。長澤社長はその当時、副社長の立場だったそうですね。2代目として後を継ぐことになった経緯を教えてください。
 
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長澤 当時の社内体制は、個人の能力に頼る傾向が強く、「仲間同士で支え合うべき」という私の考えは異端でした。それでも、従業員の心が一つになった瞬間を目の当たりにしたことで、その方向に舵を切るべきだと思ったんです。古株の従業員の中には、私が代表になることに対して不安を抱いた方もいたと思います。それでも従業員たちに意見を聞き、会社を継続・発展させるための方法をとことん話し合いました。そうすることで、みんなが社長交代を後押ししてくれるようになったんです。それで、父も私に後を継がせる決断をしてくれました。
 
鈴木 2代目に就任されて以降は、ともかく従業員を大事にすることを第一に考えたんでしょうね。
 
長澤 はい。私は“従業員=仲間”だと思っていますし、実際に「仲間」と呼んでいます。ですから、能力が低く見える人でも見捨てるようなことはしません。従業員の能力を伸ばしていくことが会社に課せられた義務だと思うからです。