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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
プロフィール 兵庫県出身。野球少年として学校時代を過ごした後、社会人となって建築、不動産、鉄鋼の各業界で延べ15年以上のキャリアを積む。その後、親類が管理者をしていた介護ヘルパーステーションでのアルバイトを皮切りに、それまでとは別方向の介護業界へ転職した。2017年1月、(同)SOMAKAを設立し、神戸市東灘区で「りんごケアステーション」を運営している。【ホームページ



不動産や製鉄関連の会社に勤務した後、30代半ばにして介護業界に転職、神戸市東灘区に「りんごケアステーション」をオープンした合同会社SOMAKA(ソマカ)の島田賢吾代表。利用者目線の要望にも可能な限り応え、事業と行き届いたサービスの両立に心を砕いている。最愛の祖母を亡くしたことを機に、畑違いのキャリアから介護職へと転身を図った島田代表。その情熱を原動力として描く、今後のヴィジョンとは?
 
 
 

畑違いのキャリアから一念発起して介護職へ

 
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インタビュアー 山本隆弘(元バレーボール選手)
山本 SOMAKAさんは、訪問介護や居宅介護といった介護保険サービスの他、移動支援などの障害福祉サービスをされているとうかがいました。まだ起業して間もないそうですね。
 
島田 はい。今年2017年1月に合同会社を設立したばかりです。
 
山本 以前から介護のお仕事を?
 
島田 いえ、もとは全く畑違いの職に就いていたんです。初めは父の経営する建築会社に就職し、次に不動産会社で営業を経験した後、製鉄大手の下請け会社に10年近く勤めていました。
 
山本 では、それまでのキャリアから一転して、介護の道に転職されたきっかけは?
 
島田 2年前に母方の祖母を亡くした経験が大きかったですね。祖母は、私のことを小さい頃からとても可愛いがってくれました。なのに、がんを患って余命が残り少ないとわかっても、会社員だった私は何一つ手助けができなかった。その悔しさから仕事を頑張っていた中で、次第に「このままでいいのか」という思いが強くなっていったんです。そんなとき、母方の従兄弟が管理者をしていた介護ヘルパーステーションのことが目に留まり、週末の休みを利用してアルバイトで働かせてもらうようになったのがきっかけでした。
 
 
 
 

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