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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

快適に住める健康住宅を 
多彩な経験のプロが提案

 

ラリーで学んだチームワークの重要性

 
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山本 大企業で幅広い経験を積まれていらっしゃったわけだから、かなり多忙な日々だったと思います。
 
宝田 日々の業務だけだったらまだ良かったのですが、実はその当時、学生時代から始めた自動車ラリーで、セミプロレーサーとしての活動もしていました。
 
山本 え!? ラリーですか?
 
宝田 ええ。1991年の全日本ラリー選手権では、コ・ドライバーと呼ばれる、助手席でドライバーに指示を出すナビゲーターとして、総合優勝を獲得しました。
 
山本 素晴らしいです。ラリーを通じて学んだことも多かったでしょうね。
 
宝田 チームワークの重要性を学びました。今の仕事だって、私がカンナをかけるとかノコギリを引いたら、めちゃくちゃな家が建ってしまう(笑)。やっぱり職人さんがいるからこそ良い家が建つのです。みんなが役割分担してプロの仕事を全うしてくれるから、いいものができる。何事も1人ではできなくて、みんなの能力の集大成で全体が成り立つんですよね。昔は「俺が俺が」と思っていたのですが、全日本ラリーで優勝した途端にその思いが消えました(笑)。
 
山本 僕もパナソニック所属時に36年ぶりの優勝を果たしたとき、同じことを実感しました。それまでは負ければ誰かのせいにして、自分だけが目立てばいいという感覚だったのが、タイトルを獲ってみると「1人じゃ無理だったな」と、ふと思えたんです。
 
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宝田 そういう瞬間、ありますよね。振り返ってみると、私はスポットライトの当たる表舞台ではなく、陰で支えるサポーターとしての活動が多かったと思います。今お話ししたラリーのナビゲーターもドライバーを支える役ですし、先ほど紹介した大手企業では上司を支えるブレーンの役割を担っていました。また、これからお話に出る転職先でもオーナーのサポート役を務めていましたので、個人的には自分のことを、「日本一のスーパーサブ」と自負しています(笑)。
 
山本 そういう方の存在があってこそ主役が輝くわけですから、宝田代表のようなスタンスの方は、とても重要な存在だと思います。お話にあったように、その後は大手企業を退職なさるんですよね。
 
宝田 はい。長女の誕生をきっかけに自己都合で退職しました。わが子が生まれて初めて守るものができ、転勤ばかりしている自分の人生を自分のためでなく、自分以外の人のために考えたのです。それで1997年、妻の実家である京都へ移り、地域密着の建築会社に営業職として携わることになりました。
 
 
 
 

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