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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
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インタビュアー 畑山隆則(元ボクシング世界王者)
畑山 滋賀県大津市で、海外へのスポーツ留学斡旋を手がけるSPREAD(スプレッド)さん。白子さんご自身も、アスリートとしてのご経験をお持ちだそうですね。
 
白子 はい、小学2年で野球を始めました。ポジションはピッチャーです。中学時代はクラブチームに所属し、近江高校で甲子園にも出場しまして。大阪学院大学でも全国大会を経験することができました。野球は私の人生そのものなんですよ。
 
畑山 将来はプロへ──という夢もあったのでは?
 
白子 そう思っていました。自分は絶対プロになれると信じて疑わなかったですね。しかし大学4年の春に肩を壊し、一時期はボールを投げることすらできなくなってしまって。その影響で、プロどころか野球を続けるという選択肢もなくなりました。しばらくは何に対してもやる気が起きませんでしたね。それでも何とか就職活動を開始し、内定をいただいた企業もありました。しかし、就職活動を行なっていくうちに自分の存在に疑問を感じてしまったんです。
 
畑山 怪我を乗り越え、就職活動に進まれる姿勢が素晴らしいですよ。しかし、なぜ自分の存在に疑問を?
 
白子 評価されたのは、野球をしていた自分だと感じてしまいまして。もう野球はできませんし、野球以外の知識や教養で内定をいただいたと自信を持てなかったんです。もっと自分を磨き、野球以外のことで評価される人間になりたい。そう考えて就職は見送り、卒業後はオーストラリアへ語学留学することにしました。
 
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畑山 野球一筋だった人生が一転してしまったのに、そこから自分を高めようとする白子さんの情熱は素晴らしいですね! 留学中は、どのような経験をされたのでしょう。
 
白子 オーストラリアでも、また数々の転機がありました。その中の1つは、現地の日本人の方に「甲子園に出たことがある」と話すと、驚くほど私のことを評価してくださったことです。改めて考えると、野球をしてきた、野球だけをしてきた自分というのは恥ずかしいことではない。むしろ誇らしいことで、そこを評価していただけるのはとてもありがたいことだと気付いたんです。そして私は、自分が本当にやりたいことをじっくりと考えました。その結果がスポーツ留学の斡旋です。私が経験してきた野球や留学という素晴らしい道を、1人でも多くの方に歩んでいただきたいと思ったんですよ。
 
 
 
 

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