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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
プロフィール 滋賀県出身。家業は鮮魚店を営み、幼少の頃から仕事を手伝っていた。大学を卒業後、決まっていた某上場企業への就職を断り家業に入る。27歳のときに独立し、草津に鮮魚店を出店。その後、順調に事業を広げ、2016年6月現在、鮮魚店・寿司店を含め25店舗を展開している。海のない滋賀県の魚食文化発展のため、産官学連携による商品開発にも取り組む。【ホームページ
 
 
 
滋賀県を拠点に鮮魚店と寿司店を展開する、株式会社鮮魚たかぎ。魚の消費量が年々下がる中、代表取締役の髙木仁氏は、「日本の魚食文化を守り育てるのが使命」と奮闘中だ。スタッフの心を1つにまとめ、わくわくしながら仕事に取り組める環境づくりに注力する髙木社長は、魚の販売方法もユニークで、まさに“高木流”。「ただ魚を売るだけではなく、お客様に幸せを運ぶ魚屋さんでありたい」――と、様々な工夫を凝らし、“ストーリー”の提供を行っている。
 
 
 

お客様に幸せを運ぶ鮮魚店

 
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インタビュアー タージン(タレント)
タージン 2016年6月現在、滋賀、京都、大阪で鮮魚店を16店舗、テイクアウトのお寿司店を9店舗も構える鮮魚たかぎさん。もともと家業が鮮魚店だそうですね。
 
髙木 ええ、家族経営の小さな鮮魚店です。ですが、当初は家業を継ぐつもりもなく、大学卒業後はある上場企業に内定も決まっていたんですよ。
 
タージン しかし、現在は鮮魚店を営み、事業を拡大なさっているわけですよね。
 
髙木 大学卒業前に両親から「店を閉めようと思っている」と聞かされ、思うところがありましてね。結果、内定をお断りして店を手伝うようになり、27歳のときに草津で初めて自分の店を構えました。その後、家業と合併して今に至ります。
 
タージン そうでしたか。ご両親も喜んでおられるでしょう。ちなみに現在、髙木社長は48歳とお聞きしました。20年でここまで事業を広げることができた理由は、なんだったのでしょう。
 
髙木 当社の店舗は、ただ魚を売っているのではありません。まず第一に、“元気”というおまけを付けて販売しています。言うなれば、昔ながらの威勢の良い、“町の魚屋さん”の雰囲気ですね。明るい挨拶やちょっとしたコミュニケーションで、気持ち良く買い物をしていただき、お客様に幸せになってもらうことを大事にしています。また、魚を買うことで、お客様が幸せになれるストーリーをご提供しているんです。大勢のお客様にお越しいただける理由は、そこにあるのではないでしょうか。