B+ 仕事を楽しむためのWebマガジン

経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
プロフィール 滋賀県栗東市出身。鋳造所を営む家に生まれる。建築関係の専門学校を卒業後は、地元のゼネコンに就職。18年近く勤務し現場監督や建築積算を務めるも、指示を出すことに苦手意識を感じていた。阪神淡路大震災を機に、退職を決意。独立し、不動産貸付業を営むように。その後、地元の強みを活かしたいと思い、蹄鉄の加工販売にも着手。ネットで評判を呼び、全国から注文が絶えない。【ホームページ
 
 
 
日本中央競馬会(JRA)の栗東トレーニングセンターがある滋賀県栗東市。ここで使用済みの蹄鉄を加工し、装飾品として販売しているのが栗東蹄鉄だ。代表の太田信道氏は、1ヶ月半ほど装着すると捨てられる蹄鉄の山を見て、現在の事業を発想した。幸せを呼ぶ縁起物でもある蹄鉄をコツコツと磨き上げ、見事に甦らせている。蹄鉄を名産品にして、馬の町・栗東の活性化につなげたい──。そう語る太田氏の熱意と意気込みに注目したい。
 
 
 

使用済みの蹄鉄を装飾品に加工・販売

 
glay-s1top.jpg
インタビュアー 矢部美穂(タレント)
矢部 栗東蹄鉄さんは、競走馬など馬の肢に打った使用済みの蹄鉄を装飾品として加工・販売していらっしゃるとか。日本中央競馬会のトレーニングセンターがある、滋賀県栗東市ならではのお仕事ですね! 
 
太田 もともと栗東市辻は鋳物をはじめ、ものづくりが盛んな土地なんですよ。どうやら、千利休の時代に茶釜をつくっていた辻の与次郎という職人も、栗東市辻の出身らしいですね。私の家も古くから鋳物を鋳造。幕末には大砲などを生産していたようです。その後、父の代まで太田鋳造所という会社を経営していたのですが、残念ながら戦後になって廃業となりましてね。私自身は建築関係の専門学校を卒業し、地元のゼネコンに就職しました。
 
矢部 意外なところからお話が始まりましたね(笑)。ゼネコンでは、どのようなお仕事をなさっていんたんでしょう。
 
太田 主に学校や体育館、銀行といった施設工事の現場監督や事務所での積算業務を務め、18年近く勤務しました。ただ、私は人に指示をするのが苦手な性格なんですよ。そんなとき、阪神淡路大震災が発生したのです。3日後、兵庫県芦屋市に住んでいた父のいとこを訪ねると、倒壊した建物の下で亡くなっていました。それを見て「自分に合わない仕事をなんとなく続けるのはやめよう。自由になろう」と決意。1ヶ月後に退職したんです。
 
 
 
 

アーカイブ一覧

分野で選ぶ

バックナンバー

最新記事

話題の記事