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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
プロフィール 神奈川県出身。高校卒業後はボランティア活動に身を投じ、各地を回る。その後、結婚を機に新聞販売店に勤務。新聞配達のかたわら、ボランティアを通じて知り合った人の誘いを受け、清掃業を始める。事業が軌道に乗り、拡大するも2007年に経営不振に。サービスエリアや、事業内容を見直し起死回生を図る。2010年には心機一転して社名を(株)パイオニアセキュリティーと改めた。
 
 
 
千葉県銚子市に本拠を置く株式会社パイオニアセキュリティーは、会社や店舗の清掃と警備、さらに一般家庭のハウスクリーニングまで手がける企業だ。代表取締役の市村信行氏は、新聞配達から独立し清掃業を開始。一時は社員60人を抱えるまで成長させたものの、ある理由で一度は破産寸前に追い込まれたという。市村氏が 「地元に貢献し、社員を大切にする」 という揺るぎのないポリシーを導き出すこととなった、波乱万丈の人生とは?
 
 
 

ボランティアから新聞配達
そして清掃業を立ち上げ独立

 
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インタビュアー 宮地真緒(女優)
宮地 ビル管理や警備、ハウスクリーニングなど、現在は多彩な事業を展開されているパイオニアセキュリティーさんですが、市村社長は波乱万丈の人生を歩んでこられたそうですね。まずは、このお仕事を始めるまでの歩みを聞かせてください。
 
市村 私は高校卒業まで横浜市で過ごし、その後はボランティア活動に身を投じました。当時 「敷かれたレールの上を歩いて人生を終わるのは寂しい」 と考えていたんです。
 
宮地 お若い頃から社会貢献に身を投じるなんて、ご立派です。ボランティアは地元の横浜で?
 
市村 福島県や岩手県などで活動し、その後、現在、当社の茨城支社がある茨城県神栖市にやってきました。そこでボランティア仲間と結婚して20代後半で子供が生まれ、生活のために新聞配達を始めたのが人生の転機になりました。
 
宮地 お子さんが生まれたら生活費もかかりますし、ボランティアだけというわけにいきませんものね。
 
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市村 そうなんです。それで、たまたま通りかかった新聞販売店に相談したところ、人手が足りているにも関わらず事情を汲んで雇っていただけることになったんです。勤めて3年目からはかけもちで清掃の仕事を始めたので、深夜は清掃、その後に新聞配達という毎日を送ることになりました。
 
宮地 うわあ、大変ですね! ちなみに、清掃のお仕事を始めたきっかけは、なんだったのでしょう。
 
市村 実は恥ずかしながら、ボランティアの講演をさせていただいた際、私に続いて主宰者の方がプログラムを行われたのですが、早朝の新聞配達の疲れで座ったまま眠り込んでしまったことがあるんですよ。たまたまその方が清掃業をしている方で、しっかりと私の醜態が目に留まり、公演後に 「道具を貸す、ノウハウも教えるから清掃業を始めないか」 と声をかけてくださったのがきっかけです(笑)。