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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
プロフィール じとうえまさみ。鹿児島県出身。高校は地元の寮制の進学校に進み演劇に熱中。東京の大学に入学後は音楽サークルの活動にのめり込んだ。大学在籍時からアルバイトをしていた食品問屋への就職を経て(株)大沢商会に入社、仕事で知り合った(株)ザ・アールの奥谷禮子社長に誘われ同社に転職した。人材紹介業務の経験を積み、2007年12月に個人事業として独立。2010年7月に(株)エクソダス・プロジェクトとして法人化。
 
 
 
人材紹介会社は世の中に数多く存在する。だがビジネスである以上、ともすれば実績をあげることが優先され、本当に求職者の立場に立った斡旋をしてくれるのかとの不安がつきまとう。地頭江柾三臣氏が目指すのは、相談者の個性や能力を見極めた最適な進路の紹介。この先幸せな人生を送れるのか、そこまで想像した上で行う真摯なコンサルティングである。そんな地頭江氏に、こうした 「人間優先」 の考え方に至るまでの半生をうかがった。
 
 
 

学生時代から一つのことに
とことん打ち込むタイプ

 
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インタビュアー 宮地真緒(女優)
宮地 本日はよろしくお願いします。さっそくですが、地頭江社長はとても珍しいお名前ですよね。
 
地頭江 よく言われますね。私の地元である鹿児島県にある名字なんですよ。
 
宮地 鹿児島のご出身でしたか! 屋久島や指宿はドラマのロケ地だったので、親しみを感じます。学生時代も鹿児島に住んでいたんですか?
 
地頭江 高校卒業まで鹿児島です。高校は寮制の進学校でしたが、私は演劇部の活動ばかりやっていましたね。夜の学習時間に先生が見回りに来ても、勉強のふりして台本を読みふけったものです(笑)。
 
宮地 進学校で、そこまで部活動に熱中していて、学業は大丈夫だったのでしょうか。
 
地頭江 親や周囲からは、すいぶん心配されましたよ。それでも、東京に出ることが幼い頃からの夢だったので、なんとか東京の大学に進学したんです。
 
宮地 大学では、やっぱり演劇部でお芝居に熱中されたんでしょう?
 
地頭江 いえ、大学では音楽系のサークルに誘われて入部し、音楽に一直線でした。結局、レギュラーになれずマネージャーになりました。こんなふうに、誘われて興味を引かれたら動き、のめり込む、そして裏方として働くという、私の人生の基本スタンスはこの頃から変わりませんね。
 
 
 
 

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