渡部 もともと私は商社の鉄鋼部門に配属されていたんです。ただ、1997年のアジア通貨危機により、アジア諸国への鉄鋼の輸出が難しくなってしまいまして。そこで駐在を命ぜられたのが米国だったんです。最初は鉄鋼の需給バランスを調査し、H形鋼の販売を手がけていました。しかし、現地から不当廉売だと訴えられてしまったんです。そこから何か別のことをと考えていたときに、思い至ったのが太陽光発電でした。
亀山 当時はまだ太陽光発電が今ほどメジャーではない頃ですよね?
渡部 ええ。太陽光発電と言っても誰にも理解されませんでした(笑)。ただ、当時IT企業のシリコンバレーへの進出に伴い、電力が不足し始め、計画停電が頻繁に行われたんです。であれば、電気を売る装置を販売すればいいのではないかと、日本の大手家電メーカーに連絡を取り、太陽光発電パネルがLA市に採用されました。その後、太陽光が急速に世の中に認知されるようになったんです。
亀山 太陽光がこれだけ広まったのも渡部社長の力があってこそですね。その発想力と行動力が素晴らしいです。現在は介護用ベッドの輸出販売も手がけられているとのことで、こちらはどういった背景があるのでしょう?
渡部 コロナ禍の前から中国と取り引きがあったので、感染症には早くから気付き、いち早くマスクや非接触体温計などを輸入しました。そこから、医療・介護業界に注目し始めたんです。ビジネス展開するには、やはり三方よしであることが必須。そんな中で目をつけたのが産廃処理になっている病院などのベッド。それらを無償で引き取り、途上国へ安価で輸出することで、社会貢献にもつながると考えたんです。
亀山 渡部社長は常に一歩先を見て行動されていますよね。物事を多角的に捉えられている様子が伝わってきます。
渡部 決まった枠組みに当てはめるのではなく、思考力でビジネスをつくりだすことが好きなんですよね。そのためにも常にいろんなところにアンテナを張り、引き出しを増やしています。今後もさまざまなものをかけ合わせ、製品やサービスを展開していきたいです。
亀山 渡部社長は常に一歩先を見て行動されていますよね。物事を多角的に捉えられている様子が伝わってきます。
渡部 決まった枠組みに当てはめるのではなく、思考力でビジネスをつくりだすことが好きなんですよね。そのためにも常にいろんなところにアンテナを張り、引き出しを増やしています。今後もさまざまなものをかけ合わせ、製品やサービスを展開していきたいです。
「仕事を楽しむ」とは‥
昔から仕事は楽しいと思っています。自分でいろいろ考えて、新しいものをつくりあげて実現することが好きです。
(渡部暢彦)
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