自身の辛い経験が組織の結束を強める契機に

インタビュアー 八木裕(野球解説者)
原田(龍) 弊社の創業者です。創業した1935年当時は、荷揚げ作業を請け負っていました。事業を広げ法人化したのは1962年です。2017年に私が4代目を継承し、現在に至ります。
八木 今年87年目の老舗というわけですね。歴史ある会社ですし、後継者についても考えなければならないでしょう。
原田(龍) 息子たちが入社してきたので、そこは心配していません。ここにいる長男の愛斗と次男の優生、今日は仕事で不在の三男も力を貸してくれています。
八木 ご子息3人が一緒とは心強い! お二人は原田社長の背中に憧れて入社したのですか?
原田(優) ええ。父の背中を追いかけて、私が一番先に入社しました。
原田(愛) 私は違います(笑)。ずっと父をライバル視していて、親子で働くのを避けてきました。でも、病気で生死の境をさまよう父の姿を目の当たりにして、父を助けたいと思うようになったんです。
原田(龍) 実は手に腫瘍が見つかりましてね。珍しい症例で左手の切断も宣告されました。しかし、幸いなことに最悪の事態は免れ現在は克服しています。辛い経験だったものの、家族やスタッフがあらためて結束する転機になったと思っています。