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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

“町の小さな工務店”
だからできる助け合い

 

阪神淡路大震災での経験が現在の仕事の原点

 
狩野 あらためて、岡本社長の歩みについて教えてください。お聞きしたところでは、野球の経験もあるそうですね。
 
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岡本 はい。小学生から高校生まで、ずっと野球に熱中していました。一方で、建築デザインにも興味があり、高校卒業後は大阪府にある建築の専門学校に進学したんです。そこで建築設計を学び、卒業後は同じく大阪府内の設計事務所に就職しました。
 
狩野 設計事務所ではどのような業務を手がけておられたんですか。
 
岡本 マンションや商業施設の設計がメインでしたね。ただ、私は設計だけでなく、現場での仕事も含めて建築業に携わりたいと常々考えていたんです。そこで、京都市内の建設会社に転職し、現在の施工管理業務、いわゆる現場監督の仕事に携わるようになりました。その中で、私の仕事観を大きく変えた出来事が、転職してから2年目の頃に遭遇した、阪神淡路大震災だったんです。
 
狩野 震災の中でどのようなご経験をなさったのか、お聞かせください。
 
岡本 阪神淡路大震災は、当時、戦後最悪の甚大な被害をもたらしたと言われるほどの大きな災害です。私が勤めていた会社のある京都の被害はあまり大きくはなかったものの、最も被害の大きかった地域の一つである兵庫県神戸市では、避難生活を余儀なくされている方が大勢いらっしゃったんです。まずはその方たちに住宅を提供することが急務となっている状況下で、私も一刻も早く「できる限り多くの方々のために」という思いで、住宅建築の施工管理に当たりました。当時は、高速道路が封鎖され、通行できる道路も限りがある中、京都から神戸まで片道8時間かけて通っていましたね。
 
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狩野 どれほど大変な状況であったのかがよくわかります。でも、岡本社長の行動に救われた方も大勢いらっしゃったと思いますよ。
 
岡本 ありがとうございます。私にとっても、一番励みになったのは、被災されたお客様から感謝の言葉をたくさんいただいたことでした。この時の経験こそが自分の価値観を大きく変えましたし、私の現場監督業としての原点になっているんです。
 
狩野 設計から現場監督に転職されて間もないタイミングで災害に見舞われ、現場に足を運ばれたのは、相当なご苦労も多かったと思います。でも住む家を失ってしまい、生活に困っている方々の力になったことは、岡本社長の現在の活動にもつながる、とても意味のある出来事だったんですね。