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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

樹脂・金属加工を通じて 日本の未来に貢献!
株式会社出雲 代表取締役 大坪勤

 
プロフィール 島根県出身。中学卒業後に上阪し、通信制高校に通いながらゴム製造業を営む会社の技術者として仕事に従事。1979年に独立して、出雲ゴム製作所を創業する。寝る間も惜しんで事業に邁進し、不屈の精神を培う。その後、ゴム加工専門にとどまらず、プラスチックや金属など精密部品の設計・加工にまで事業を拡大。現在はロボット開発にも携わっているほか、地域貢献にも注力している。【ホームページ
 
 
 
ゴム・金属・プラスチックなど、素材を問わない加工技術で工業用精密部品を製造し続けるものづくり企業。それが大阪府門真市の株式会社出雲だ。代表取締役の大坪勤氏は、2021年に創業43年目を迎えた同社をけん引。重量物運搬装置「イズモタンク」を開発するなど、メーカーとしても活躍の場を広げている。人材育成や地域貢献にも全力を注ぎ、日本の未来に貢献することを目標に走り続ける大坪イズムに迫った。
 
 
 

創業期の苦労が負けない気持ちを培った

 
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インタビュアー 狩野恵輔(野球解説者)
狩野 大阪府門真市で工業用精密部品の製造や、ゴム・プラスチック・金属などさまざまな素材の加工を手がける株式会社出雲さんにお邪魔しています。さっそく、生粋のものづくり職人である大坪社長の足跡から詳しく教えていただけますか。
 
大坪 私は、弊社の社名のとおり島根県出雲市の出身です。大阪に来たのは中学卒業後でした。通信制高校に通いながらゴム製造の会社に勤め技術者として成長してきたんです。独立したのは1979年。当初は出雲ゴム製作所という社名で東大阪市に会社を興しました。
 
狩野 事業は最初から順調だったのでしょうか。
 
大坪 いやいや、苦労しましたよ。貯金もしていなかった私は親から資金を借り、10坪ほどの工場を構えましたが、お取引先はゼロで事業計画もなし。知人から回してもらう仕事だけが頼りでした。朝8時から夕方5時まで工場を開け、シャッターを閉めてからも翌朝5時まで作業を続ける。コンクリートの上に敷いた紙袋の上で仮眠を取る生活が2年ほど続いたでしょうか。
 
狩野 それは大変な毎日でしたね! でも、そのご経験が大坪社長を育ててくれたのでは?
 
大坪 狩野さんのおっしゃるとおりです。私にとってこの時期の経験は大きな財産になりました。男として絶対に負けないという強い気持ちや、少しぐらい苦しいことがあってもぶれずに生き続ける信念は、この厳しい創業期が培ってくれたものなんです。
 
 
 
 

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