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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

笑顔を届ける移動美容室
専用車両の販売も実施

 

移動美容室の原点は父親の介護

 
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比企 移動美容室だけでなく、専用車両の製造・販売もされている酒井代表の経歴にとても興味があります。もともと美容師だったんですよね?
 
酒井 そうです。19歳から東京の美容学校に通い、20歳から美容師として働き始めました。25歳まで8店舗のマネージャーをして、多くの経験を積ませていただきましたよ。ただ、そこでいったん美容師は休業しました。
 
比企 たった5年でそれだけのお店を任されるとは、技術も接客も腕があったでしょうに、なぜ休業されたんですか?
 
酒井 父親がアンテナなどを製作する株式会社三協精機を経営しており、長男である私は後を継がなければならなかったんです。なので、美容師として独立する話もあったのですが、25歳で地元に戻ることを決断しました。
 
比企 畑違いの製造業というお仕事は苦労も多かったのでは・・・。
 
酒井 父親が昔気質の職人だったので本当によく怒られましたよ(笑)。でもその熱い指導のおかげで、27歳の時には代表取締役を任してもらえましたね。
 
比企 素質がおありだったんだ。自動車販売の会社はどのような経緯で始められたんですか?
 
酒井 弟がドイツで輸入車を扱う仕事をしていまして、将来を見据えて新たな事業にも着手しようと考えていた時にタイミングよく帰国したので、一緒に新車や中古車を販売する会社を起こしたんです。私も車は大好きでしたからね。起業して1年後には株式会社ヤナセの販売協力店に認定されました。
 
比企 お父様から引き継いだ製造業、新たに始めた自動車販売と、2つの会社を順風満帆に経営されてきたんですね。
 
酒井 いやぁ、やはり景気の波がありますから、なかなか思うようにいかないこともありました。ただ、一番こたえたのは代表就任1年後に父が脳梗塞で倒れ、半身麻痺になったことです。
 
比企 それは・・・大変でしたね。脳梗塞の予後は介護が必要になることが多いですが、もしかして酒井代表は、それからは経営と介護の両方をされていたんでしょうか。
 
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酒井 そうなんです。その介護の中で父が一番喜んでくれたのが、私のヘアカットだったんですよ。
 
比企 なるほど! お父様の介護のご経験が、移動美容室の原点だったんですね。
 
酒井 今思えばそうかもしれません。父はよっぽど嬉しかったらしく、母や、会社の従業員の髪も切ってあげろと私に言うんです。アドバイスに従って母や従業員の皆さん、お世話になっている近所の方々のヘアカットをすると、これもなかなか好評で(笑)。波及効果なのか、三協精機と自動車販売のほうの事業も順調になったものでした。
 
比企 人と人の心の繋がりが仕事に良い効果を生むことって、あると思います。
 
 
 
 

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