第1回 社内の言葉をそろえることの意義
皆さんこんにちは。株式会社武蔵野代表取締役の小山昇です。B-plusさんで続けてきた連載が今月から新しいシリーズになりました。今度の内容は、2012年発行の株式会社武蔵野の実践用語集『増補改訂版 仕事ができる人の心得』から気になる項目を編集部が選び、それに私が解説を加えていくというものです。
武蔵野ではこの本を毎週火曜から金曜日の早朝勉強会の教科書にしています。なぜ用語集をまとめたか。例えば「ビールを買ってきて」と言われてお酒やウイスキーを買ってくる人はいませんね。それは定義がハッキリしているからです。誰もがその言葉を聞いて同じ理解をできる。でも、“社内共通言語”もふくめ、会社で日常使われる言葉には、決められた定義がなされたものが案外少ない。皆さんの職場もそうではありませんか?
従業員が全員で一つの目標に向かう時に、社長の掲げる目標をめいめいが別々の定義で理解していたら、力が合わさりません。のみならず、社内が混乱してマイナスになります。それでは事業の発展はおぼつかない――これが、武蔵野が自前の用語集をまとめている理由です。
皆さんも、今いちど社内で通用している言葉を見直して、それぞれの定義を決めてみませんか。そしてどうせなら意味をそろえるだけでなく、各人がそれぞれの言葉を生産的な意味に解釈し直せるように、再定義してみませんか。この連載がその参考になることを願いつつ、さっそく【あ行】から始めましょう。
-あ行-
*あきらめる(通番0007)
ありとあらゆる努力をしてもできない時です。済んでしまったことは、くよくよしないことが大切です。投げてしまうのは最悪です。
解説: 先行きを見極めてあきらめるのと、見極めないであきらめるのとは意味が違います。見極めないであきらめるのは「投げる」です。この2つはきちんと区別しないといけません。
さらに言えば、最初は誰でもあきらめるのは苦手です。新卒で入った社員などは最たるもの。頭で考える見通しと実際の先行きにズレが生じるうちは、あきらめどころがわかりませんからね。ズレが生じないようになるには経験を積むしかありません。失敗を恐れず、未経験のことにどんどんチャレンジしましょう。
ちなみに、あきらめてサービスを止めようという話をしている時に、「今までの時間や労力が無駄になる」という理由で続けたがる人たちがいます。これはまったくの間違いです。結果が出ないことを続けることのほうがよほど無駄。それよりは、未経験でも伸びそうな事業に賭けるべきです。
*アフターサービス(通番0030)
前向きな営業です。お客様に言われてから行っても効果は薄いし、お客様にまず喜ばれません。担当者を決め、ルートを組んで定期的に訪問すると、スケジュールを組みやすく、生産性が高い。差別化の要因です。
解説: 一般に「アフターサービスが良い」とは、商品やサービスを納めた後でも何かあれば何でも対応して差し上げることだと思われています。でも違います。何かがない限り動かないようではアフターサービスとはいいません。武蔵野の今日があるのは、「定期的に」「前向きな」アフターサービスを続けてきたからです。さて、どこが違うか。
武蔵野の経営サポート事業部の社員は用がなくても指導先によく行きます。「近くまで来ましたから。社長、あれから何か困ってません?」というふうに。相手の社長からしたらうっとうしいと思いますよ(笑)。「指導された通りやって業績上がったのに、また来るの?」と思っているでしょう。
でも、わざわざ来て聞かれると何かしら思い当たる困りごとがあるものです。それで出てきた案件を解決して差し上げて、はじめて「アフターサービス」といえます。新しい商品やサービスのネタは常にお客様の側が持っている。after serviceはそれを掘り出し、次にまた買っていただくための仕込みです。むしろbefore serviceなのです。
*生き字引(通番0055)
なんでもその人に聞くことになり、発展性を妨げる。ベテランに多い。
解説: これは武蔵野の実例を出しましょう。今から15年前の1990年頃、コールセンターに狐塚という生き字引がいました。細かい業務のやり方から何から、武蔵野のことなら何でも知っている社員でした。当時、武蔵野は売り上げを落とし込んでいて、私がアメリカのサービスマスター社に視察に行った時のことです。ある社員が、赤字続きだった受け持ち部署で部下2000人を1年かけて全員入れ替えて黒字転換させた話をしてくれました。
「あ、うちもやろう」と思いましたね。それで帰国後、社内の全員を人事異動させました。営業部長は経理部長にして、狐塚も動かした。結果どうなったか。異動の効果を見込んでいた年度の、会社の成長率が過去最高を記録しました。狐塚のいた部署も成績が伸びました。これはつまり、「知っている」ということはそれだけで現状維持への圧力が働き、発展性を妨げるということです。
もう1つ例を出しましょう。武蔵野ではお客様のご注文は経営サポート事業部でも全てデータで入ってきます。アウトプットもデータです。でも、その間の処理はエクセルの大家の荒谷という社員が全部手でやっていました。優秀だからやれてしまうわけです。ただ、全体の時間は約1000時間かかっていた。図にするとこうです。

そこで私は荒谷を別部署に異動させ、社内で一番システムに強い高橋を代わりに入れ、全体の作業時間を800時間に縮めるよう社長命令を出しました。プレッシャーもだいぶかけました(笑)。それでしばらく見ていたら、大したものですよね、とうとう新しい社内システムを組み上げてしまった。

象徴するエピソードがあります。高橋が任にあたった当時、経営サポート事業部はセミナーのホームページ作成に使用する写真をデジカメで撮影していました。そうすると、帰社後にSDカードからデータを落とし、分類整理して、指定のフォルダーに入れてうんぬん・・・という作業が伴います。そこに高橋が、「各自携行しているiPadで撮って、随時クラウドに入れよう。画質に差はない」と目からウロコの提案をしたわけです。以来、iPadで撮るようになり、データ移行などの雑処理が丸々なくなりました。
本人たちの名誉のため付け足しておきますが、狐塚も荒谷も、その後、異動した部署で以前よりも伸びています。優秀な社員ほど生き字引になりやすい。むしろ、させられやすい。経営者はこのことをわかっておくべきです。彼らが「そこにあるのが当たり前」の存在、つまり風景に見えてこないように。
小山昇の「再定義からはじめる仕事術」
第1回 社内の言葉をそろえることの意義

執筆者プロフィール
小山昇 Noboru Koyama
株式会社武蔵野 代表取締役社長
経 歴
1948年、山梨県生まれ。東京経済大学卒業。1964年に日本サービスマーチャンダイザー(株)を設立し、ダスキンの都内加盟店第一号となる。1987年、(株)武蔵野に社名を変更。以来、元暴走族の社員を抱え「おちこぼれ会社」と揶揄されていた同社を優良企業に育て上げ、2000年には(財)日本生産性本部より「日本経営品質賞」を受賞した。他にもダスキン顧問(1990~1992年)、また全国の経営者でつくる「経営研究会」も主催し、ビジネスの世界におけるメッセンジャー的な役割を担う。現在は社長業と並行して日本経営品質賞受賞の軌跡や中小企業のIT戦略、経営計画書づくり、実践経営塾などをテーマに年間240回以上のセミナーで全国を回り、テレビを含め各メディアからも注目を集めている。
オフィシャルホームページ
http://koyamanoboru.jp