ボーナス時期の評価をどうする?
こんにちは、小山です。毎年6月になると、世の中のビジネスパーソンの顔色が変わりますね。なぜか? もちろんボーナスのシーズンだからです。ボーナスが期待できる場合は、自然と心弾むものですし、逆の場合は・・・お気の毒さま。かくいう武蔵野でも、この時期になると、社員と社員の家族の間で 「今年はどれだけもらえるのか」 と、ひそかな計算が始まります。ということで、今回は査定と賞与の仕組みについてです。
武蔵野の場合は、査定も支給も非常にわかりやすい仕組みになっています。当社の考え方として、「基本給は年棒、手当は能力、賞与は成果」 と、支給の意味合いがはっきりとしています。まず基本給ですが、同じ仕事を同じ職責でやっていたとしたら、10年選手よりも20年選手のほうが高くなる。そうしないと人は会社に定着しません。毎年、同じ基本給ということはありえないのです。いっぽう、手当では、新人古参に関わらず、部長なら部長、課長なら課長という立場に対して手当が付きます。家族手当なども福利厚生面でありますが、こうしたものは別として。そして最大の違いが賞与。ここへの考え方が、社員管理を行ううえで最も重要になってくるのです。
賞与は、給料とはまるで一線を画した支給内容でなくてはいけません。それは 「成果」 にひもづいて支給されるものだからです。武蔵野の場合は、同じ課長という立場にあっても、結果を出した人を優遇し、努力を怠る人は冷遇されます。また幹部優遇を基本とし、その逆で新人は優遇されません。業績が上がっていく舵取り役として幹部が実績を出しているのだから当然のことです。ただし会社の業績が悪くなるときは、幹部は結果を出せていないわけですから、即座に冷遇。もう、はっきりしているのですね。
こうした優遇・冷遇を定めるとき、最もやってはいけないことがひとつあります。それは公平さを欠くこと。「そもそも、優遇だの冷遇だの言っている時点で格差があるのでは?」 という意見もあるでしょう。しかし、私からしてみれば、「格差をつけるのは当たり前ですよ」 と言わざるを得ない。
公平さというのは 「チャンスを与える」 という点においてのみ公平であるべきで、成績が異なるならば、どこで彼らの差を認めてやるのか? その差を認めたという証拠を、どこで出すのか? 真の公平さとは、すべてを同じ一律の還元基準で考えることではありません。そして大事なのは、そうした基準をルール化し、誰もが納得した仕組みのうえで実施することなのです。
武蔵野流・社員査定方法
さて、武蔵野の査定のやり方をもう少し説明しましょう。もちろんこれは社内でルール化されており、全社員が明確に認識している基準です。
評価の方法は、一般的に絶対評価と相対評価に分かれますよね。絶対評価というのは固定の評価基準のこと。中学や高校と、大学で、それぞれテストを受けた際の点数基準をイメージするとわかりやすいでしょう。
大学では基本的に絶対評価を使います。たとえばテストで80点以上を取ると、それだけの点数を取った人間が何人いようともすべての人が最上級のA評価をもらえ、70点以上80点未満は同様にB評価をもらえるというもの。中学・高校は相対評価が一般的で、全体の10%にあたる最優秀組をA評価とし、次の30%のグループをB評価にする、というような仕組みですね。
武蔵野の場合は、相対評価を採用しています。上からS・A・B・C・Dという5段階の評価グループを作り、それぞれSが5%、Aが20%、Bが55%、Cが15%、Dが5%という割合になっています。また、評価の指針として、「業績の評価」 と 「プロセスの評価」、「環境整備に尽力した評価」 「方針共有点(勉強会などに参加した回数)」 などがあります。
ここでポイントになるのが、「業績の評価」と「プロセスの評価」 でしょう。つまり、結果だけを見て評価するのか、「あの人はとてもまじめに頑張ってきたから、その努力を買おう」 と仕事の過程を評価するのか。さて、あなたならばどちらで評価しますか?
数字こそが人格
冷たいことを言うように聞こえるかもしれませんが、間違いなく 「業績の評価」 がすべてです。ただし、職責によってその度合いは異なります。職責が下位、つまり新人などの場合は、いきなり結果を出せと言われてもなかなか出るものではありませんので、プロセスが90%、業績が10%と割り当てています。しかし職責上位の人間、つまり課長や部長クラスの場合は、プロセスが10%で業績が90%の割合になります。実は、この業績の割合が大事なのです。なぜならば、数字こそが人格だから。
「数字が人格だなんて、小山は鬼のようだ」 と思われるかもしれません。しかし、これは私がドライなのではなく、ビジネスシーンというものがそのような構造のもとにできあがっているのですから仕方がありません。
実際に、私のように、しょっちゅう歌舞伎町で飲み歩いて遊んでばかりいるように見える社長でも、銀行は無担保で融資をしてくれます。なぜならば、毎年増収増益だから。ところが聖人君子の社長さんで誰からも好かれる人であったとしても、3年連続赤字計上していたら、さすがに銀行も無担保では融資を行いません。つまり、ビジネスのシーンにおいては数字が人格であり、人格者とは 「部門と部下の数字を変えられる人」 のことを示すのです。
もっとも武蔵野も、私が社長になった時点では、こうした考え方は浸透していませんでした。私がこうした社内改革をぶち上げていくたびに、「そんなことをしたら、人が辞めていくんじゃないか」 と苦言を呈されたこともあります。しかし、成績が悪い人ならば、辞めていただいて結構なのです。それは会社の成績を上げられないという以前に、お客様の役に立たないという証拠だから。
お客様に喜ばれる社員を “えこひいき” することが正しい。それこそが、私の唱える 「健全な評価」 の論理なのです。
自ら働き、自ずから楽しむ ~小山昇・独自経営の哲学~
第7回 社員評価の絶対基準
執筆者プロフィール
小山昇 Noboru Koyama
株式会社武蔵野 代表取締役社長
経 歴
1948年、山梨県生まれ。東京経済大学卒業。1964年に日本サービスマーチャンダイザー(株)を設立し、ダスキンの都内加盟店第一号となる。1987年、(株)武蔵野に社名を変更。以来、元暴走族の社員を抱え「おちこぼれ会社」と揶揄されていた同社を優良企業に育て上げ、2000年には(財)日本生産性本部より「日本経営品質賞」を受賞した。他にもダスキン顧問(1990~1992年)、また全国の経営者でつくる「経営研究会」も主催し、ビジネスの世界におけるメッセンジャー的な役割を担う。現在は社長業と並行して日本経営品質賞受賞の軌跡や中小企業のIT戦略、経営計画書づくり、実践経営塾などをテーマに年間240回以上のセミナーで全国を回り、テレビを含め各メディアからも注目を集めている。