武蔵野流・柔軟人事術
こんにちは、小山です。5月、薫風の季節になりました。4月に入社した新人さんも、入社後の環境にだいぶ慣れてきた頃でしょうか。配属されると同時に、新人には上司が付き、上司は新たな部下を迎え、会社全体として目標に向けてスタートされているところでしょう。
さて、みなさんそれぞれのお立場はあると思いますが、どのような覚悟で、部下と、あるいは上司と接していますか? よく言われるのが、「上司は部下を選べるが、部下は上司を選べない」 ということ。しかし、それでは、部下としてはあまりに不利ですよね。上司がどうしても相性の悪い相手だったら、もうそれだけで会社へ行く気もなくなってしまいます。
そういうとき、会社はどのように対処すべきでしょうか? ――ということで、今回はどんな会社組織でも最重要視しなくてはいけない 「コミュニケーション」 について話しましょう。
まず、大前提としてコミュニケーションを密にさせることが重要です。コミュニケーションがとれてくれば、角のある石もそれぞれ角が削れて丸みをおび、互いに接触しても傷つけあわなくなります。コミュニケーションで大事なのは質より量。どれだけ数多く接しているかがポイントです。
武蔵野の場合は、「社長は年間166日、社員と飲まなくてはいけない」 というルールを明文化しています。社長だけではありません。部長も課長も、それぞれ月に数度は部下と1対1で酒を飲む。これを義務付けているのです。酒席をサボるようなことをしたらもちろん罰金です。ですので、冗談ではなく、お酒を飲めない人は武蔵野に入社することはできません。
こうしてコミュニケーションをはかっていく過程を、当社ではすべて、データソフトで記録しています。それを社員の成績とからめてグラフにして、上司と部下の成績が上がっているか、もしくは下がっているかなどを見極めていきます。そして最終的に 「この二人は一緒に仕事をさせる関係性にはならない」 と判断したら、上司か部下のどちらかを異動させます。別にこれは左遷などではありません。単に組み合わせを変えているだけです。
実はこの 「チェンジ」 が大事なんです。たとえば、一人の上司に10人の部下がいたとして、すべての部下と上司の相性が合わなければ、部下を異動させるより上司を挿げ替えたほうが手っ取り早い。また、AとBという違う部署の間で上司だけを入れ替えると、驚くほど両方の部署の成績が上がることもあります。
何よりも、そのような人事異動を恒常的に続けていると、社員全員の安心感につながるんですよ。「うちは社長がちゃんと見ていてくれる。2年たったら変えてくれるだろうから、馬の合わない上司/部下だけど、我慢していよう」 となるわけです。これがもし未来永劫同じだったら・・・ お先真っ暗。「辞めさせていただきます」 となってしまうのは目に見えています。
人間関係は形から入れ
もうひとつの工夫はサンクスカードです。従業員どうしが仲間意識に馴れてしまって互いに感謝しなくなるのは良くないですからね。やり方は単純です。月に10枚、会社内の誰かもしくはその縁故者に 「ありがとう」 の意を込めたハガキを送ってあげるのです。10枚を下回ったらもちろん罰金です。「心にもないことを書けない」――最初は皆がそう言います。でも、それでいいんです。心にもないことだけど、「ありがとう」 と言われて嬉しくない人がいますか? 心を込めていなくても、書いていればそのうち心がこもってくる。世間一般には 「最初から心をこめて書くべきだ」 という人もいますが、逆に、いきなりそんなこと、できるわけがない(笑)。 形からでいいんです。
お酒によるコミュニケーションも、サンクスカードも、自発性に任せても、うまくいかないでしょう。義務化して、すべて形から入るようにしていけば、そのうち中身が伴ってくるのです。
こうした施策が功を奏して、武蔵野では劇的な離職率の変化が起きています。今から8年前までは、会社を辞めたいと思っている社員が全体の35%もいました。3人に1人です。さらに厄介なのは、そのうちかなりの割合が成績上位者だった。成績が上位であればあるほど、硬直化した組織に不満を持ち、離職意思が強まってしまう傾向にありました。それが、先のような柔軟な人事異動を定例化したところ、今年に至っては離職希望率は5%まで減少。この結果がすべてを物語っていますよね。
会社員はしたたかであれ
こうして組織ができあがってくると、私は従業員に対して 「もっとしたたかになれ」 と迫ります。「したたか」 とは漢字でどう書くかわかりますか? 「強か」、つまり強いと書くのです。これはどういうことか。
世間的には、「したたか」 という言葉のイメージは良いものではないでしょう。しかし、企業というものは、世間から 「強い会社」 「たくましい会社」 だと思われなくては商売あがったりです。「あそこの会社はなんだか頼りないなあ」 と感じる企業の商品をあなたは積極的に買いたいと思いますか? つまり、社長、幹部、社員がそれぞれしたたかで、組織としても柔軟性がある。これが、真に素晴らしい会社だと私は思うのです。
こう書くと一部の人は、「したたか=相手をだますようなこと」 と考えてしまうかもしれません。それはちがいます。したたかさとは、つまり要領の良さです。無駄なことを省き、できるだけ最小限の努力で大きな結果を手に入れるセンスのことです。
かく言う私にも、“新人時代” なるものはありました。今でこそこんな偉そうなことをしゃべっていますが、当時の私は遊んでばっかり。いかにサボるかだけを考えていました。
たとえば夏場の営業です。「この暑い中で外回りなんてとんでもない!」 ということで、日中はどこか涼しい喫茶店などでテレビの高校野球を見て、夜になると営業に回っていました。「日中に稼がなくていいのか?」 というご指摘、ごもっともです。が、そこは私なりのしたたかさ。昼間に営業に歩いたって、他にも様々な会社の営業が押し掛けて、相手はうんざりしているでしょう。でも夜なら、ライバルたちは皆仕事を終えて帰った後だから、ゆっくり営業ができる。しかも 「こんなに夜遅くまで頑張るなんて、お前は偉いな」 と好印象すら持たれる(笑)。
どうですか? まさに一石二鳥でしょう。「逆転の発想」 とも呼べるかもしれませんが、こういうことを 「したたかさ」 と言うのです。
世の中の人は 「まじめである」 とか 「一生懸命である」 ということを美徳としがちです。しかし、残念ながら経済社会は数字こそが人格です。世間が素晴らしいと言っているのは、その人の人格ではなく、その人がもたらしてきた数字なのです。このことを肝に銘じて、すべてそこから発想するようにすれば、個人の能力は伸び、会社の業績も確実に上向いていきます。
自ら働き、自ずから楽しむ ~小山昇・独自経営の哲学~
第6回 柔軟さとしたたかさを持て
執筆者プロフィール
小山昇 Noboru Koyama
株式会社武蔵野 代表取締役社長
経 歴
1948年、山梨県生まれ。東京経済大学卒業。1964年に日本サービスマーチャンダイザー(株)を設立し、ダスキンの都内加盟店第一号となる。1987年、(株)武蔵野に社名を変更。以来、元暴走族の社員を抱え「おちこぼれ会社」と揶揄されていた同社を優良企業に育て上げ、2000年には(財)日本生産性本部より「日本経営品質賞」を受賞した。他にもダスキン顧問(1990~1992年)、また全国の経営者でつくる「経営研究会」も主催し、ビジネスの世界におけるメッセンジャー的な役割を担う。現在は社長業と並行して日本経営品質賞受賞の軌跡や中小企業のIT戦略、経営計画書づくり、実践経営塾などをテーマに年間240回以上のセミナーで全国を回り、テレビを含め各メディアからも注目を集めている。