何のために会社に通うか
こんにちは、小山です。すっかり春めいてきましたね。このシーズン、新入学の学生たちは胸躍らせて学校へ向かう日を、新社会人の方々はスーツで決めて初出社する日を心待ちにされているところでしょうか? なんにせよ、フレッシュな雰囲気が漂う季節を謳歌なさっていることでしょう。
さて、春になると当社にも新人たちがやってきます。やる気のある発言が飛び交い、株式会社武蔵野も若々しい活気に満ちてきます。
そんな活気をくじきたいわけではありませんが、私は新入社員たちの肩をポンと叩いて笑顔を浮かべ、「会社は仕事をしに来るところじゃないぞ」 と釘を刺しておきます。当然、彼らはぽかんとします。会社に仕事をしに来なければ何をしに来るんだ? 遊んでいてもいいのか? そういうことではありません。結論から言うと、会社はお客様を作るために行く場所なのです。
一部を除いて、数多の会社員は、会社に行くことそのものが目的になりがちです。会社に行って、机に座って、仕事をしている。それはごく当たり前のことですが、その人の給料はどこから出てくるのか? それをまず考えなくてはいけません。会社に行ってフラフラと仕事もせずにいるようなスチャラカな人は論外ですが、与えられた仕事をこなしていさえすれば自分は会社での仕事を全うできているんだと考えること、これは会社にとって利益ある業務でもなんでもないのです。
給料はお客様から出てくるものです。お客様が商品ないしサービスを購入してくださるからこそ、そこで初めて会社は社員に給料を支払える。こんなことは、経営をなさっている方ならば言わずもがなですね。しかし、会社全体で理解していないケースもしばしば見受けられます。「わが社はそんなことないよ」と一笑に付される方もいらっしゃるかと思いますが、今一度、ご自身に問いかけてみてください。「では、お客様のことを考えた仕事とはどんなものですか?」と。
お客様の都合に合わせる
株式会社武蔵野には、経営サポートというコンサルティングの事業部があります。昨今、コンサルといえば業界全体であまり業績がよろしくないようですが、当社の場合は順調に業績が上がっております。それは単純なことで、「お客様のことを考えた仕事をしているから」 に他なりません。
お客様のことを考えた仕事というのは、言い換えれば、「お客様の都合に合わせられる仕事」 ということです。お客様が何を求めているかという動向を探るのはマーケティングの基本ですが、お客様のご都合に合わせて柔軟に母体の構造を変えられている会社がどれだけあるでしょうか? 組織改革、商品改革と言っても、そのほとんどが自社都合からの理由になっていることが多いのではないでしょうか?
多くの会社と武蔵野が異なる点は、ここにあると言ってもいいでしょう。
当社はお客様のご都合に合わせて組織やカリキュラムをいつでもスパッと変更してしまいます。だってそうでしょう? 自分の都合で商品を押し付けても、お客様が求めていなければ 「そんなのいらない」 と言われるだけですから。そこを勘違いして、「商品が悪いんだ」 「売り方やプロモーションが・・・」 などと言っているうちは、まだまだ自己都合の範疇を脱していません。それでも買っていただけていたのは、お客様が我慢していただけで、自分が求めるものを提供してくれる会社が他に見つかれば取って代わられるだけですね。それなのに、売れないことを別の問題にすり替えて責任転嫁しようとしてしまう。お客様のリアルな欲求を見ているつもりが、全く違う、自分たちの思い描いた都合のいい偶像を見ているだけなのです。
当社では、新人時代から 「そうではないぞ!」 という考えをきっちりと教え込みます。新人研修の中にセールス研修というプログラムがあります。やり方はいたってシンプル。150円の食器洗い用スポンジを売ってくるだけです。新人は150円だからすぐに売れるだろうとたかをくくって出かけますが、結果は悲惨なものです。一日中、足を棒にして歩いて、懇願して、それで150円の商品が一つも売れないんですから。
信じられないことかもしれませんが、これは毎年、武蔵野で実際に起こっているリアルな出来事なのです。原因はわかっています。商品がどうこうより、まず玄関のチャイムが押せないんです。押したら中から人が出てくる。怖い。しどろもどろになったらどうしよう。噛んだりしたら恥ずかしい。やっぱりやめた。次の家からにしよう・・・。そうしているうちに時間だけが過ぎていきます。でも手元にあるスポンジは、一つもさばけていない・・・。
こういう現象は、彼らのストレス体験に大きく関係してきます。つまり子供の頃からストレスを感じることが少なかったから、いざ目の前に大きな障害が出てきたとき、硬直してしまって動けなくなるのですね。
甘い言葉で新人を甘やかすな
悲しいかな、それは彼らが受けてきた教育のひずみによる弊害です。幼少の頃、ひたすらゲームやおもちゃを買い与えられ、我慢することを経験できなかった彼ら。学芸会では全員主役を与えられ、運動会でも手をつないで皆で一緒にゴールしましょうなんて、本当に馬鹿げたことをやっている。そのまま社会人になったときに苦労するのは目に見えているはずなのに。ライバル会社と手をつないでお客様のところに行けるはずがありませんし、お客様からは理不尽な怒りをぶつけられることもあるわけです。そうしたことに対する免疫力が備わっていないのですね。
そんな状態で、さらに採用活動でも企業のいいところしか見せない採用をするから、入社後に彼らがくじけてしまうんです。普通の採用活動ならば、会社側に学生を選ぶ権利があるでしょう。しかし、当社の場合は情報をすべて開示して学生が入社するかどうかを決めているのです。また、「こういう人はいりません」 と最初から言ってしまっておく。
たとえば、「入社後はあなたの自由はないよ」 とか 「社員旅行に行ったら男性も女性も全員浴衣ですよ」 とか、細かい会社のルールをすべて開示。そして、「男性はお酒を飲めない人はいりません」 とはっきり告げておきます。それが嫌ならば、他の会社を選んだほうがあなたのためになりますよ、と。そういうのを包み隠して、「武蔵野は素晴らしい、パラダイスのような会社ですよ」 などとは口が裂けても言いません。
こうした現実を見せ、ストレスへの免疫を作ってやり、初めてお客様の前に立つことができる人材として入社してくる。これは自慢になりますが、当社の場合はそれが成功している証に、ここ2年間、620人の従業員でうつやノイローゼを患った人は0人です。
能力のあるなしではなく、そういう基礎を持った人材をそろえ、きちんとお客様のご都合を尊重できる会社こそが伸びていくものです。そのためには、まず経営層が今一度、「お客様とは何か」 を考えていく必要があるのです。
自ら働き、自ずから楽しむ ~小山昇・独自経営の哲学~
第4回 新人教育の基礎の基礎
執筆者プロフィール
小山昇 Noboru Koyama
株式会社武蔵野 代表取締役社長
経 歴
1948年、山梨県生まれ。東京経済大学卒業。1964年に日本サービスマーチャンダイザー(株)を設立し、ダスキンの都内加盟店第一号となる。1987年、(株)武蔵野に社名を変更。以来、元暴走族の社員を抱え「おちこぼれ会社」と揶揄されていた同社を優良企業に育て上げ、2000年には(財)日本生産性本部より「日本経営品質賞」を受賞した。他にもダスキン顧問(1990~1992年)、また全国の経営者でつくる「経営研究会」も主催し、ビジネスの世界におけるメッセンジャー的な役割を担う。現在は社長業と並行して日本経営品質賞受賞の軌跡や中小企業のIT戦略、経営計画書づくり、実践経営塾などをテーマに年間240回以上のセミナーで全国を回り、テレビを含め各メディアからも注目を集めている。