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仕事においては、「清い動機」で「何もしない」のだったら、「不純な動機」で「何かにチャレンジする」ほうがいいです。そのほうが成果は上がります。
――第3章 教育編 失敗させれば社員はすくすく育ちます より
 
 
 
 意外といえば意外なことに、2011年末から3年以上も毎月連載コラムを寄稿していただきながら、著者の本を小欄で取り上げたことが一度もなかった。しかし、それは編集部判断としては当然かもしれない。評者の読みが的外れだったり、ふとした箇所で著者の機嫌を損ねる書き方になっていたりすれば、寄稿を取りやめられてしまう可能性もなきにしも非ずだからだ。だったら何もせず、そのまま連載を続けていただこう。――よろしい。理性的な判断だ。クレバーな判断だ。つまりこれが、上掲の「清い動機」で「何もしない」状態である。いっぽうで、本当におもしろくて勧めたい本を見つけたなら、どんなリスクを冒しても評すべきなのも、もちろんなのだ。(というわけでこれが提灯記事の提灯原稿ではないことを断っておく。)
 
 
 本書は、東京郊外の小金井市に本社を置き、ダスキン加盟店事業と経営コンサルティング事業を軸に日本経営品質賞を二度受賞した株式会社武蔵野の、小山昇社長による新刊である。内容は小山氏が奨励・実践する“失敗のお作法”。「はじめに」にはこうある。
 
「ほとんどのビジネス書は「失敗の重要性」は説いても、「失敗のノウハウ」を教えてくれない。‥中略‥正しい失敗のお作法を知れば、誰しも失敗への恐れが薄らぎ、挑戦する勇気が湧くはずです。」(p3)
 
 この前提で、著者は第1章で自身の失敗全史を語り、2~4章にかけて〈戦略編→個人の心得〉、〈教育編→上司の心得〉、〈組織編→経営者の心得〉の順で社員の失敗と、著者が彼らに実践“させた”失敗のお作法を紹介していく。ちなみに著者の“自慢”によれば、武蔵野の過去の新規事業の失敗は損失額3億円クラスが3回、1億~2億円クラスが5回。それ以下のものは数え切れないほどあるとのこと。結果、現在は年間売上高50億円、実質無借金経営で、どう安く見積もっても売却額30億円がつく優良企業になったと聞けば、作法の詳細を知るべく思わず本書を手に取る経営者は多いに違いない。
 
 
 と、ここまでが、実績ベースから訴求する“お作法”だ。もう1つ、内容を読むうちに「そういうことか・・・」とわかってくる“お作法”がある。実践の詳細からは、公的機関の情報開示として広まりつつある「オープンデータ」の動きと、「量が質に転化する」というあのテーゼが連想されるし、形態のアナロジーからは、ある種のコミュニズムのイメージが重なってくる。どういうことか? 
 
 小山氏の方針のもと、武蔵野では「全員」「全部」が徹底されている。失敗は全員したことがあるし、賞罰の罰も全員受けたことがある。更迭もその後の返り咲きも全員にとって日常茶飯事だ。賞罰の内容は全部、全員が知っているし、社内の誰と誰が仲が良いか/悪いかも全員に知られている。正確には、(少なくとも小山氏には筒抜けだから、ということは仮にまだそうなっていなくても「いつでも全員に知られうる」と)全員に信じられている。この「信じられている」が重要だ。ミスやクレームについても同様である。「隠し事は必ずバレる」と全員が思っている=信じられている結果、ミスやクレームを〈隠さない=バラす→「必ずバレる」の事実性が強化される→ますます隠さなくなる〉のポジティブフィードバックが成立する。
  また、失敗に対して上司がくだす評価と部下が求められる責任の取り方は、武蔵野では全てコト的に扱われる。賞罰や人事評価は使い方次第、あんばい次第で良く転ぶか悪く転ぶか完全には読みきれない要素だ。だから武蔵野では手心や心情を一切加えない。ルールを定めたうえで徹底して機械的に扱い、しかもそれが頻繁にある。「全部開示」「全員開示」なのももちろんだ。するとどうなるか? 「そこまで公にして彼が周りの信頼を失ったらどうするのか」といった心配や、「自分ならミスしなかった」という無責任な仮定の優越意識が意味をなさなくなるのだ。
 これらが全体としてプラスに作用する状態・・・とはつまり、コミュニズムの理想である。
 
 
 なにもこの読みが「武蔵野は共産国家だ!」という意味でないことはもちろんだ。しかし、連載が始まってから打合せのために3年以上武蔵野本社に通い、そのたびに社内の雰囲気の澄み具合、締まり具合――純度の高い“気”が端々まで充溢している感じ、とでも言うべきか――に感心し、何がこうさせるのだろうと思っていたのも事実である。今回本書を読んでその秘密がわかる気がした。それは、言葉にすればあまりに凡庸な、「一体感」というものだ。しかしこれがおいそれと実現させられないものであることも、読者諸兄は日々痛感しておられると拝察する。ただただ一読をお勧めするゆえんである。
 
 

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『小山昇の 失敗は蜜の味』
著者 小山昇
日経BP社
2015/3/16 初版第1刷発行
ISBN 9784822279516
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価格 本体1500円

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(2015.4.22)
 
 
 
 

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