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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

業務用低価格食器を提供 自社設計でOEMもお任せ
1956レストラン・サプライ株式会社 代表取締役 鈴木隆三

 
プロフィール 日本と台湾の両親を持ち、20代で日本に移り住む。機械工具や金物の輸出事業に携わった。44歳で家族とアメリカに渡り、日系スーパーの店長職などを経て、52歳のときに食器・調理器具の総合商社・サンダーグループに入社。約12年勤務の後、2017年12月、同社の100%出資による日本法人1956レストラン・サプライ(株)の代表取締役に就任した。【ホームページ

 

貿易の世界に身を置き、ポスト高度成長期からバブルの熱狂、そして90年代不況の中を生き抜いてきた鈴木隆三氏。40代半ばで渡米すると、食器・調理器具のサプライヤー企業で活躍し、60代半ばにして同社の日本法人1956レストラン・サプライ株式会社を任された。持ち前のバイタリティあふれるセールスで日本市場に切り込む鈴木社長に、自慢の自社製品や今後入社してほしいスタッフ像についてなど、大いに語ってもらった。

 
 

50代からサンダーグループで活躍

 
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インタビュアー 八木裕(野球解説者)
八木 食器や調理器具などの製造と販売を行う1956レストラン・サプライの鈴木社長。アメリカ企業のサンダーグループ社が100%出資した日本法人として、2017年に事業をスタートなさったそうですね。鈴木社長が現在のポジションに就くまでの歩みを、じっくりお聞かせください。
 
鈴木 台湾で生まれた私は成人してから来日し、1970年代から90年代にかけて長らく貿易の仕事をしていました。自分で起業した会社で、台湾向けに機械工具などの輸出を手がけたこともあります。しかし、バブル崩壊後は台湾から中国へとメーカーの工場移転が進んで苦戦を強いられ、このままじゃ未来はないと一念発起しまして。会社を畳み、44歳のときに家族とアメリカへ渡ったんです。
 
八木 40代半ばで渡米しての再出発は勇気が要ったでしょうね。サンダーグループとのご縁も、その頃から?
 
鈴木 いえ、初めは経験を活かせる仕事がなく、日系の旅行会社でガイドをしていました。その後、やはり日本から進出したスーパーマーケットで8年ほど働き、サンダーグループに転職したのは2005年、52歳のときでした。食器・調理器具のほか、日本メーカーの業務用ガス炊飯器の総代理店としてもアメリカ市場で大きな利益を上げている会社です。
 
八木 アメリカはアジア系の人がたくさん暮らしていて、ご飯を食べられるお店も多いから、炊飯器の需要は想像以上に大きいんでしょうね。