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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

商品を企画して社会貢献 唯一無二のアイデア勝負
N-5プロジェクト合同会社 代表 橋本泰夫

 
プロフィール 大阪府出身。1964年生まれ。電車の運転士を目指すも、視力が悪く夢を断念。大学卒業後は、(株)マイカルに就職した。転勤族として全国をまわり、1996年に退社。その後、徳島県で製菓業や介護業に従事する。さらに大阪の和菓子老舗・芭蕉堂に転職し、「ふれあい寄席芭蕉堂」を立案。退職後、2017年にN-5プロジェクト(同)を設立した。商品企画、ビジネスプラン立案事業、マーケティング事業などを幅広く展開している。
 
 
 
N-5(エヌファイブ)プロジェクト合同会社の橋本泰夫代表の人生は波乱に満ちている。いじめられっ子だった幼少期を経て、高校から本格的に勉強を始め大学へ入学。夢だった電車の運転士を目指すが、視力の問題で挫折することに。その後は大手企業などで多くの実績を積み、一念発起して起業。現在は大好きな鉄道を仕事にする挑戦の真っ最中だ。「誰もが思いつかない企画立案」をモットーとする、橋本代表のこだわりをうかがった。
 
 
 

大手総合スーパーから製菓業へ転職

 
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インタビュアー 矢部みほ(タレント)
矢部 昨年2017年に設立された、N-5プロジェクト合同会社さんにお邪魔しています。なんでも、商品企画やビジネスプラン立案事業、マーケティング事業などを手がけているそうですね。まずは橋本代表の、これまでの歩みから教えていただけますか?
 
橋本 私は生まれも育ちも大阪で、大学卒業後に総合スーパーを運営する株式会社マイカルに就職し、転勤族として全国を10ヶ所ほど転々としていました。37歳のときにマイカルを退社し、妻の実家がある徳島で製菓業の会社に転職したんです。
 
矢部 マイカルと言えば、あの経営破綻した大手の?
 
橋本 はい、そうです。マイカルは、2001年9月に民事再生法の適用を申請しています。私は同年4月に退社しました。
 
矢部 倒産を察していたというわけですね。大手企業で培った経験値は、転職にも役立つことでしょう。製菓業は何年お勤めに?
 
橋本 9年くらいです。その後、派遣社員などを経て、介護職で正社員として働きました。そうして2013年、49歳のときに大阪へ戻り、老舗和菓子店の「芭蕉堂」に就職したんです。