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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
プロフィール 大阪府出身。10代で単身アメリカに渡り、大学でコミュニケーション学を学ぶ。また、在学中からオンラインで英会話講師をしていた。卒業後はハワイのホテルで働き、2016年に帰国。日本の英語教育の改革の必要性を実感したことをきっかけに、バイリンガル育成を目指すEffortless Language Lab(株)を設立した。幼児から大人まで、楽しく英語を学びながら高いリスニング力を身につけられる英会話スクールとして、人気を集めている。【ホームページ
 
 
 
「10代で渡米したときに話せたのはYesとNoだけだった」と笑うのは、Effortless Language Lab(エフォートレスランゲージラボ)株式会社の井元直樹代表取締役。多くの人と話をすることで自然に英語力が身についただけではなく、性格まで前向きに変わったという。8年におよぶ海外生活で得た経験をもとに地元に英会話スクールを開校した井元社長は、文化を大切にする国民性を尊重しながら日本の英語教育の改革を目指している。井元社長に、楽しく英語を学ぶ秘訣をうかがった。
 
 
 

単身渡ったアメリカで身につけた英語力

 
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インタビュアー 畑山隆則(元ボクシング世界王者)
畑山 バイリンガル養成スクールEffortless Language Labさん。まず井元社長の歩みからおうかがいします。ここ大阪市北区が地元だそうですね。
 
井元 ええ。中学生まで住んでいました。高校からは野球の特待生として岡山の野球強豪校に進学し、その後、母親からの強い勧めで半強制的にアメリカの大学へ進学し野球を続けました。
 
畑山 アメリカで野球とはすごいなぁ! その頃から英語は話せたのですか?
 
井元 いいえ、全然! YesとNoだけでした(笑)。だから最初の1ヶ月は頭の中が真っ白でしたよ。最初は母親を恨みました(笑)。でも何とかするしかないと開き直りましてね。教科書を読んで勉強するのは嫌だったので、とりあえず遊び感覚で、できるだけ多くの人と会話をするようにしたんです。3ヶ月もすると、耳が慣れてきて会話ができるようになりました。
 
畑山 自己流でコミュニケーションをとりながら体で覚えていったんですね。どれくらい滞在したんですか?
 
井元 1年の予定だったのですが、最終的に8年いました(笑)。 シアトルからハワイに移り、旅行会社や五つ星ホテルで働き、帰国したのは2016年の8月です。
 
 
 
 

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