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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

ジュエリーに生花など 
何事にも挑戦する企業

 

ノウハウを持ち逃げされ冬の上田で路上生活

 
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丁寧に磨き上げた貝殻
前田 私は、炭鉱で有名な福岡県の筑豊地方で生まれ育ち、工業系の学校を卒業後、22歳で東京に移りソニー株式会社に就職したんです。
 
川﨑 ソニーさんとは、大手の企業にお勤めになりましたね。
 
前田 実はわずか4ヶ月で退職しまして。どうも、大企業に勤めるのは肌に合わなかったようです(笑)。その後は長野県上田市で起業しました。ホームセンターから不良品のパソコンやDVDプレーヤーを格安で仕入れ、修理して再び納品するリサイクル事業を始めたんです。
 
川﨑 工業系の学校ご出身の前田社長にはぴったりの事業ですね。順風満帆の船出だったのではないですか?
 
前田 ええ。パートさんを10人以上雇用するなど、事業はとてもうまくいきました。ところが、信頼していた共同経営者にノウハウや取引先を持ち逃げされてしまったんですよ。資金がなくなった私は、9月から翌年2月まで路上で暮らすことになりました。
 
川﨑 ええっ! それは大変なご経験をされましたね・・・。冬の長野で路上生活はつらかったことでしょう。それに、どうやって生活費を得ていたのですか。
 
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前田 様々なアルバイトや、得意だったスノーボードのインストラクターで食いつなぎました。路上生活を脱出してからも、スノーボードを教えていたスキー場の倉庫や車の中で寝泊まりしていたんですよ。やがてスノーボードの生徒を通じて、地元の玩具店の経営者と知り合い、会社の倉庫に住み込んで仕事をさせていただくことになりました。インターネットで事業を広げたいというので新しい部署をつくり、業績を上げまして。その仕事で資金を貯めて、入社から2年後に再び起業したんです。
 
川﨑 さすがに独立心が旺盛な前田社長ですね。今度は、どのような事業を?
 
前田 不用品の回収と販売で全国を回りました。この事業でさらに資金を増やし、東京にも事務所を構えることができたんです。しかし、今度は実家の母が病気で倒れたと聞き、福岡へ戻ることになりまして。会社はその際に解散しました。