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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
プロフィール 山口県出身。大学時代はアメリカンフットボール部で主将を務め、創部以来の好成績を残す。卒業後は、大手旅行会社に入社し経験を積んだ。30歳のときに、プルデンシャル生命保険の営業に転職。以後、2017年7月に退社するまでの26年間に、営業所長、渋谷支社長を歴任した。同年10月、名古屋市に「人材育成相談センター」を創立し、現在に至る。【ホームページ

 

大学にアメフト部のキャプテンとして成功を収める中で、前線のメンバーをバックアップする喜びに開眼。舞台が世界有数の規模と実績を持つ外資系生命保険会社に移っても、持ち前のキャプテンシーでマネージャーとして活躍した徳冨祥司氏。26年勤めた会社を退職し、愛知県名古屋市に「人材育成相談センター」を創立した徳冨代表の、これまでの歩みや人づくりへの考えに、元ボクシング世界王者の畑山隆則氏が迫った。


 

アメフト部主将の経験を糧にマネージャーへ

 
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インタビュアー 畑山隆則(元ボクシング世界王者)
畑山 人材育成相談センターさんは、昨年2017年10月に創立されたばかりとうかがいました。徳冨代表はそれまで、保険業界を長く歩んでこられたそうですね。
 
徳冨 はい。大手旅行会社から30歳のときに転職し、以来26年間、外資系生命保険会社に勤めていました。2013年に東京から愛知に移ってきて、そのまま、この名古屋で開業する運びとなったんです。
 
畑山 ご経歴を拝見すると、いわゆる営業マンとしてスタート後、31歳で営業所長、34歳で早くも支社長になられていますね。
 
徳冨 自分は営業の前面に立って引っ張るより、メンバーをバックアップする役割のほうが向いていると思って、早々にマネージャー職を目指すことにしたんです。一定の成績を上げていれば、そういったチャレンジができる環境でしたから。
 
畑山 そして着実に目標のポジションをつかみ、今日まで人材の採用と育成に力を注いでこられたわけですね。バックアップ向きという自己評価は、どのような経験に基づくのでしょうか?
 
徳冨 大学時代、アメリカンフットボール部に所属していまして。4年生のときにキャプテンを務めたことが大きかったですね。私はプレイヤーとして実力のある選手だったという意識はなく、どちらかというと、みんなを盛り上げ、チームワークを高めるタイプでした。その結果、部の歴史を通じて一番の成績を収めることができ、自分の適性を見極めるうえでいい経験になったと思います。
 
 
 
 

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