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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
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インタビュアー 杉田かおる(女優)
杉田 自動車部品の開発や、レーシングカーのメンテナンスなどを手がける株式会社東名パワードさん。来年2018年には創業50周年を迎えるそうですね。おめでとうございます! まずは、起業のきっかけや会社の歴史について教えていただけますか。
 
鈴木 私には男兄弟が5人いまして、みんな子どもの頃から機械いじりに興味があったので、友人の家が経営していた輸入バイクの店にいつも集まってバイクの改造を行い、乗り回していました。そんな折、兄の鈴木誠一が2輪のレースをやろうと言ったところ、10人近くの人が集まったので工場をつくり、チューニングも自前で行い、メーカー直轄のワークス体制のチームとして「城北ライダース」を立ち上げ、2輪のレースで10年近く活動しました。その後、誠一が日産のワークスドライバー兼技術相談員として日産自動車に所属しまして。世界中の様々なレースに出場し、その活動と並行して、私と3番目の弟も入れた兄弟3人と城北ライダースのメンバーとで、1968年に弊社の前身である東名自動車株式会社を設立したんです。94年には現在の場所に移転し、社名も変更して現在に至ります。
 
杉田 ご兄弟は皆さん、自動車やレースが大好きなんですね。
 
鈴木 そうですね。しばらくして4番目の弟も会社に呼びましたし、5番目も車や船の模型をつくる会社を立ち上げたので、みんな車関係の仕事をしています(笑)。つまり、弊社は車好きの兄弟と城北ライダースの仲間で設立した会社というわけです。
 
杉田 いかにも青春という感じがして、うらやましいですね。夢があります。とはいえ、半世紀にもわたって会社経営をする中で、ご苦労もあったのではないでしょうか。
 
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鈴木 そうですね。実は優れたレーシングドライバーで、技術者でもあった兄が、74年にレース中の事故に巻き込まれて亡くなってしまったんです。でも、その遺志を受け継いだ社員が大勢いました。弊社が創立50周年を迎えることができるのは、多くの社員たちのおかげです。
 
杉田 つらい出来事を乗り越えてきたからこそ、一体感が増して、今の東名パワードさんがあるのでしょうね。
 
鈴木 ええ。設立当初は部品が十分にない時代だったので、技術面でも苦労することは多かったです。それでも開発とテストを繰り返して、少しでも部品の性能を上げることに注力してきました。すると、レースに勝てるようになるんです。苦労を重ねた後に勝利を味わうことが、何よりの活力になりました。