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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

印刷・デザインを軸に 
多分野で顧客満足を追求

 

調理師から印刷・デザイン会社経営者に

 
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川上 印刷やデザインの枠を越えて、幅広く事業を展開されているのですね。やはり、デジタル化という時代の流れに乗って事業内容も変化してきたのでしょうか。
 
萩野 そうですね。弊社は1960年に私の祖父が立ち上げた会社で、もとはシステムエンジニア向けに精密機械のマニュアルをつくる事業からスタートしました。そして父の代になって印刷業にも注力し始め、やがて川上さんがおっしゃったようにデジタル化に伴い紙媒体の仕事が減ってきた背景もあって、私が事業を引き継いでからはパソコンを活用するようになりました。そうして各種デザインやキャラクター・ノベルティ制作にも着手するようになったんです。
 
川上 創業者のお祖父様がマニュアルづくりを始めて、次にお父様が印刷業、そして萩野社長がDTPの導入やキャラクター・ノベルティ制作を始めた、という流れですね。3代で半世紀にわたり、時代の変化に沿って事業を進化させてきたなんて、すごいです。
 
萩野 そう整理してくださると沿革はスムーズですが、私個人の歩みは紆余曲折で(笑)。以前は、調理師だったんですよ。
 
川上 あら、まるで畑違いのお仕事ですね。ワンクッション置いてから、事業を継承されたんだ。でもなぜ調理師から印刷業界へ?
 
萩野 小学生の頃に親子で釣りに出かけた時、魚をさばいて料理する父の様子を見たことがきっかけで、料理人の世界に憧れました。その後は大阪の調理師専門学校を卒業し、サウジアラビアの日本大使館で専属料理人を務めたり、東京・赤坂の会席料理店で働いたりしました。でも、「もっとおもしろいことがしたい!」と思うようになりまして。それで調理師を辞め、自分の道を模索し始めたんです。そのうち父から弊社でのアルバイトを勧められて、この業界に足を踏み入れました。
 
川上 そこで、「もっとおもしろいこと」が見つかったと。
 
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萩野 そうなんです。当時は1990年代後半で、ちょうど印刷業界がデジタル化しつつある頃でした。私は父からDTPを任されたのをきっかけにパソコンに触ることになり、コンピューターのおもしろさに目覚めたんです。それから本格的にのめり込み、技術や知識を身につけました。その後父が他界し、私が代表に就任したという経緯です。
 
川上 経営者という立場になると、大きな責任もありますよね。いろいろなご苦労もあるかと思いますが、いかがでしょう。
 
萩野 確かに大変な面はありますが、人とのつながりに支えられ、楽しく仕事ができています。いろいろな人に出会えることが良い刺激になっていますね。