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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
プロフィール 和歌山県出身。中学校時代、自身の怪我からの回復を支えた治療家の姿への感動が契機となって、高校2年生のときに柔道整復師になることを決意。専門学校で鍼師、灸師の資格も合わせて取得し、数年間の修業を経て、2016年4月、和歌山市加太にいち鍼灸整骨院を開いた。強く押したりもんだりしない、ソフトな施術が身上で、患者とのコミュニケーションにも力を入れる。【ホームページ
 
 
 
中学生の頃に負った怪我を治してくれた柔道整復師の人柄や施術に惹かれ、患者への明るい接し方も含めて後に続こうと決意し、26歳でいち鍼灸整骨院をオープンした市川智樹院長。修業時代に学んだソフトで優しい施術に自らの工夫をプラスし、休むことなく進歩を続けている。そんな市川院長が語る、怪我の経験で内向的になった自分を変えた柔道との出合い、そして治療への心構えや今後の豊富に、じっくりと耳を傾けてみよう。
 
 
 

自身を救った治療家への強い感動が志の原点

 
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インタビュアー 八木裕(野球解説者)
八木 こちら、昨年2016年4月にオープンしたいち鍼灸整骨院さん。「いち」とは、市川院長の「市」で間違いありませんか?
 
市川 はい。さっそく覚えていただきありがとうございます。
 
八木 和歌山は地元だそうですね。どんなきっかけで柔道整復師になろうと思われたのでしょう。
 
市川 中学生の頃にやや重い怪我をしまして。当時コーチとして柔道を教えていただいていた先生が経営する整骨院にしばらく通ったところ、とてもいい先生で、すっかり治してくれたんですよ。そのときの印象が心に強く残っていて、次第に「僕もこんな人になりたい」と思うようになりました。
 
八木 怪我のショックが大きかった分、治った感動もひとしおだったのでしょう。中学生ぐらいだと先生の前で緊張しそうですけど、きっと人柄のいい先生で、居心地も良かったのでは?
 
市川 ええ、そうなんです。すごく楽しそうに仕事をされていて、その様子にさらに憧れましたね。私は当時、怪我をしたことでつらい気持ちになっていましたし、人と接するのが苦手になっていたこともあって、先生がいつも笑顔で親切に対応してくれたのが嬉しかったんだと思います。
 
 
 
 

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