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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
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インタビュアー 松村雄基(俳優)
松村 島塾長は2014年頃に勤め人を辞めて、こちらの名学館 ライフガーデン東松山を開かれたそうですね。どのような経緯で開塾されたのでしょう。
 
 勤め人時代から、人間学を学ぶ『致知』という雑誌の勉強会に参加していまして。その雑誌の発行元にお勤めの浅井敬行さんという方に出会ったのが1つの転機と言えます。浅井さんは「池袋をきれいに、心もきれいに!」をコンセプトに活動する「池袋掃除の会」の代表者も務めていて、私もその活動に参加し、自己研鑽に努めていたのです。
 
松村 池袋掃除の会なら、私も耳にしたことがあります。天候に関わらず、毎週、無報酬で清掃活動を行われているんですよね。
 
 そうなんです。私は今も参加していて、当塾の生徒を連れていくこともあるんですよ。話に戻りますと、当時、浅井さんが推薦してくださったのか、全国で個別指導塾を展開する名学館の代表から、直々に声をかけていただきましてね。「教室を開いて、一緒に子どもたちを育てないか」というお話だったので、安定した職を離れることにはずいぶん悩みましたが、挑戦することにしました。
 
松村 そんなご縁があったのですね。ちなみに、それまで教育に携わった経験はおありだったのでしょうか?
 
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 いえ、全くありませんでした。私自身は子どもの頃に父親を亡くし、以後、母親はもちろん、多くの方の目に見えない支援を受けながら育ちまして。経済的にも大学には到底行けないと思っていたのですが、奨学金を得て進学することができ、その後は就職、結婚と幸福な人生を歩むことができました。つまり、今の私があるのは支援してくださった方々のおかげなんです。その分、「いつか社会に対して、恩返しをしなければ」と思っていたこともあり、塾経営のお誘いを受けた時には、「いよいよその時がやってきた!」と感じました。加えて当時私は49歳だったので、孔子の言う「五十にして天命を知る」とはこのことだ、と悟ったのです。
 
松村 島塾長にとって、塾経営は“天のさだめ”だったのですね。でも、未経験の分野だけに戸惑うこともあったのでは?