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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
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インタビュアー 鶴久政治(ミュージシャン)
鶴久 東大阪市が拠点のアイラック株式会社さん。御社では、対法人で食品や精密機械など多種多様な荷物の運送を手がけておられるそうですね。
 
橋本 はい。最大350㎏の軽貨物を、大阪はもちろん岡山や名古屋、横浜、時には熊本まで運んでいます。
 
鶴久 九州! かなりの長距離だ。気力と体力が求められるでしょう。
 
橋本 学生時代は野球部に所属していたこともあり、気力体力には自信があります。ちなみに母校は、今年2017年の第89回選抜高校野球大会に出場する報徳学園なんですよ。
 
鶴久 ほう! 高校野球の名門じゃないですか。実は私も、小学生から高校生まで野球に熱中していました。野球部での練習経験は、社会に出てからも役立ちますよね。
 
橋本 そうなんですよね。高校卒業後に入社した大手運送会社の仕事はハードだったのですが、野球の練習よりは楽だと思えました。それに「看板デザイン業で独り立ちしたい」という夢もあったので、しんどくても頑張れたんです。
 
鶴久 目標があったから仕事へのモチベーションも維持できたと。その会社には、どれくらい勤められたのですか?
 
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社名は「All Is Lucky」の略で、全員が幸福に、という意味が
込められている
橋本 17年間です。部下を抱える立場も経験し、リーダーとしての心構えをしっかり学べました。仕事上の失敗や人間関係のしがらみもありましたが、今では良い経験です。
 
鶴久 そこでのご苦労も仕事の肥やしになっているのですね。退職後は、いよいよ独立を?
 
橋本 はい。45歳で念願のデザイン事務所を立ち上げました。でも日が当たらなくて、食べるのに一苦労でした。周りからも人が離れていって悩んでいたある時、仕事が上手くいかないことを人のせいにしていた自分に気付いたんです。うまくいかない原因は、私の対人姿勢にあった。そこで自分を変えるために、改めて一つひとつの行動を意識することにしました。その一環で笑顔も習慣づけていたら、次第に人が周りに集まるようになり、おのずと弊社の設立にもつながったんです。