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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
プロフィール 鹿児島県出身。都内の大学を卒業後、父である田畑泉氏が立命館大学の教授に就任したことを機に京都へ移住。京都の不動産会社に就職し、営業職に就いた。4年後、転職してレストラン予約システム会社の立ち上げメンバーとなる。同社を退社後は父・田畑教授の秘書に。食品と医療とスポーツ科学を一つにした新たな事業への思いを温めていた最中、今の共同オーナーと出会ったことから(株)ひとえを立ち上げた。【ホームページ
 
 
 
京都で2016年8月に起業した株式会社ひとえは、人と人を結び新たな価値を生むこととスポーツトレーニング法「タバタトレーニング」の普及を目的にした企業だ。代表取締役社長の田畑弥生氏は、立命館大学スポーツ健康科学部教授・田畑泉氏の一人娘。父が開発したタバタトレーニングや新鮮な食材を科学的に結びつけ、飲食店やスポーツ施設などに付加価値を与えたいという。「出会いのスペシャリスト」田畑社長が語る、人との縁の結び方とは──。
 
 
 

姫路の魚介を京都のレストランに届けたい

 
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インタビュアー 畑山隆則(元ボクシング世界王者)
畑山 京都府京都市で魚介類などの新たな商品や販売網の開拓と、スポーツトレーニングプログラム「タバタトレーニング」の改良・普及に努めていらっしゃる株式会社ひとえさん。とてもユニークな事業内容で、田畑社長の歩みにもとても興味が湧きます。
 
田畑 私はもともと東京育ちで、父の田畑泉が立命館大学の教授に就任したのを機に、京都に移り住んだんです。人と話すことがとにかく好きで、いずれは事業を興したいという思いもあり、京都の不動産会社で営業職に就きました。その4年後、「この人に付いていきたい」と思える方と出会い、レストラン予約システム会社の立ち上げに加わりました。
 
畑山 まだ20代半ばの頃ですよね。新しい会社でのお仕事はいかがでしたか。
 
田畑 私は関西支社の責任者になったものの、食べ歩きが好きなプライベートと、仕事としての営業の狭間で悩み、精神的に追い込まれてしまって・・・。そこで退社を決意し、父の秘書になりました。そこで秘書業をこなしつつ、時間に余裕ができたので、名経営者の著書をたくさん読んだことで、ますます起業の夢が膨らんでいったのです。同時に、自分の周りで何かビジネスにつなげられるものはないかと、常にアンテナを張ることを心がけました。
 
畑山 困難な時期があったことが、むしろ田畑社長の事業意欲をかき立てたわけですね。実際に会社を立ち上げることになったきっかけは?
 
田畑 現在の共同オーナーとの出会いがきっかけでした。彼は兵庫県の事業家で、播磨や広畑港をはじめとする姫路の企業や漁師さんたちとつながりがありました。「食品と医療とスポーツ科学を一つにした、これまでにない“オンリーワン”の事業を展開したい」と父と話していたときに知り合い、夢を共有する中で、みんなの意見が一致。まずは姫路の一部の人にしか知られていない質の良い魚介類を新たに京都や大阪のレストランや料亭に届け、地域の発展やお客様の喜びの輪につなげようと弊社を立ち上げました。
 
 
 
 

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