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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
プロフィール 兵庫県芦屋市出身。車とレース好きが高じ、24歳でレーシング会社に入社するも、事故を機にレーシングパーツを扱う会社にて、営業職に転じる。その会社での知識を活かし、29歳で自動車のホイールメーカーを設立。その10年後には年商23億円を売り上げるも、後に倒産した。以後14年の時を経て、(株)デザイニングパワーを設立。デザイン性も機能性も高いステーショナリーを手がけている。【ホームページ
 
 
 
神戸市でステーショナリーの企画・開発・販売を手がける株式会社デザイニングパワー。代表取締役の佐藤孝紀氏は、かつて経営していた会社を黒字倒産させ、多額の負債を負い、豪邸も高級外車も失って、人生のどん底にいたという。そんな佐藤社長が再起をかけて生み出したステーショナリーブランドが、「Xavié(グザヴィエ)」だ。手に取った人を笑顔にする文房具──その背景にある佐藤社長の思いに迫った。
 
 
 

年商23億円から倒産を経験

 
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インタビュアー 山本隆弘(元バレーボール選手)
山本 兵庫県神戸市でステーショナリーの企画・開発・販売を手がけるデザイニングパワーさん。佐藤社長は以前、車のアルミホイールを製造する会社を経営されていたそうですね。どのような経緯で今の事業を手がけるようになったのか、そのご経歴から、おうかがいできますか?
 
佐藤 私はもともと車が好きで、レーサーになりたかったんですよ。そこで、24歳の時にレーシング会社に入社しました。ところが、2回目の練習走行でクラッシュしてしまい、車は大破。営業に回され、レーシングパーツを扱う会社でホイールを売る仕事を覚えました。その後、29歳の時に自動車のホイールメーカーを起業したんです。
 
山本 経営はいかがでしたか。
 
佐藤 創業時、顧問税理士に「10年後、どんな企業にしたいか」と聞かれ、なんの根拠もなく「年商20億にする!」なんて答えていまして。実はその通り、売り上げは順調に伸び、10年後の年商は23億円に達しました。私は30代でベンツ、ロータス、アルファロメオを所有し、やがて芦屋に6億円の豪邸を建てるまでになったんですよ。ところが、43歳の時に銀行の貸し渋りにあい、会社を黒字倒産させてしまったんです。一夜にして全財産を失いました。
 
山本 それはまた、波乱万丈というか、大変なご経験でしたね・・・。人生の絶頂からどん底へと行って、そこからまた再起するまで、しばらく時間がかかったでしょう。
 
佐藤 はい。実際に燃え尽きてしまって、会社の法的整理を含め2年ほど働くことができませんでした。しばらくして妻にせっつかれてからは、タクシーやトラックの運転手、ゴルフ場の作業員など、様々な職場を転々としました。でも、どの仕事もおもしろかったんですよ。「人生に勝ち負けはない、生きているだけで幸せだ」ということに気付きましたね。