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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
プロフィール 兵庫県出身。大学の英文科を卒業後、27歳で塾の英語講師を始めるも、英会話ができないことに焦りを感じ、英会話スクールに通う日々を送る。30歳で1年間カナダに行き、帰国後は英会話学校のマネージャーに。その後は渡米し、カウンセリングの勉強を重ねる。帰国後、障がい児の家庭教師を務めたのを機に、アバイドインターナショナルスクールを立ち上げた。【ホームページ
 
 
 
大阪市住吉区にあるアバイドインターナショナルスクールは、障がいのある子もそうでない子も区別せず、平等に学ぶ楽しさを教え、社会で生きる力を養うための教室だ。同スクールの代表である大原いづみ氏は、苦手だった英会話を体当たりな学習で克服。苦難の人生や豊富な海外での経験を当てはめて、子どもの教育に情熱を燃やしている。その溢れる情熱の源に迫った。
 
 
 

宣教師の問いかけで気付いた本心

 
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インタビュアー 相原勇 (タレント)
相原 アバイドインターナショナルスクールさんは、障がいのある子を含め、子どもたちに英会話を中心としたカリキュラムで、学ぶことの楽しさを教える教室だそうですね。大原代表は、もともと英語がお得意だったのでしょうか。
 
大原 実は大学の英文科を出ているのに、昔は英会話にはまるで無関心だったんですよ。27歳の時も、アルバイトで塾の英語講師を始めたものの、話すことが全くできないとわかり、あわてて英会話スクールに通ったほどでした(笑)。30歳の時には、ワーキングホリデー制度を利用して1年間カナダに滞在しましたが、この時も会話はほとんど上達せず・・・。帰国後も英会話スクールに通い続け、なんとか少しずつ話せるようになったんです。それで、英会話スクールのマネージャーを務めるように。その後はクリスチャンの方に教会に連れて行っていただいたのをきっかけに、34歳でクリスチャンになりました。
 
相原 英語が全く話せなかったところから、マネージャーになり、クリスチャンにもなるなんて、人生っておもしろいですね。その後はどうされたんですか?
 
大原 何か手に職を付けようと簿記の勉強をしていたところ、教会の宣教師から「本当はどんな仕事をしたいのか、経済的なことはあまり考えずイエス様に聞いてみなさい」と問いかけられまして。そう言われて導き出したのが、「カウンセラーになりたい」という答えでした。というのも塾の講師をしていた頃、子どもたちからいじめの相談を受けていたのに、何もしてあげられず、悔しい思いをした経験があったからです。
 
相原 そんなことが・・・。そこからカウンセラーになるために、具体的にはどのような行動を?