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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
プロフィール 大阪府出身。実家がリフォームをした際、出入りしていた職人と話をするうちに大工職人の世界に興味を抱き、20歳で建築業界に入ることを決意。建材会社で働き始め、そこで出会った親方から誘われる形で弟子入り。厳しい修業を耐え抜き、新築だけではなくリフォームの技術も学ぶ。その後、2009年に独立し、Cherry工房を設立した。【ホームページ
 
 
 
大阪府堺市にあるCherry工房は設立以来、新築・住宅リフォームを手がけてきた。そんな同社が、近年は生前整理や遺品整理、特殊清掃にも進出し、事業の幅を広げている。昔堅気の親方の下で修業を積んだ代表の中原亮介氏は、かつてリフォームで足を運んだあるおばあちゃんの一言で、遺品整理などの仕事に取り組み始めたという。独居老人が増えつつある現代だからこそ、必要とされる仕事。そこに込められた中原代表の熱き思いを聞いた。
 
 
 

昔堅気の厳しい親方の下で大工の技術を習得

 
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インタビュアー 吉村禎章(野球解説者)
吉村 大阪府堺市で新築・住宅リフォーム事業を手がけるCherry(チェリー)工房さん。近年は、遺品整理や特殊清掃の事業も始められたとお聞きしました。まずは中原代表のご経歴をおうかがいしたいと思います。建築業界に進んだきっかけから教えていただけますか。
 
中原 20歳の頃、建材会社で勤務していた時に出入りしていた大工の親方から「若いんだから、手に職を付けたほうがいい」と誘われて、そのままその方に弟子入りしたのがきっかけです。ですが初めのうちは、現場で「掃除をしろ」と言われるだけで何も教えてはもらえませんでした。なかなか厳しい修業でしたね。
 
吉村 でも、中原代表はその厳しさに耐えてこられたわけですよね。
 
中原 はい。私も負けん気が強かったし、新築からリフォームまであらゆる技術を学ぶために、親方の下で9年間修業を続けました。親方は「人に教えられたことはすぐ忘れる。自分の目で見て覚えた技術こそ身に付く」という信念をお持ちで、建売住宅しか建てられない大工とは違い、伝統的な技術にも精通している方。親方の下で、昔の日本家屋の屋根に使われていた“しころ”の技術にも触れるなど、本物の大工技術を学べました。
 
吉村 そんな昔堅気で一本筋の通った親方に、大工の基礎を叩き込まれたわけですね。独立したのはいつ頃ですか?
 
中原 7年前の2009年のことです。周囲から「あまり長く親方の下にい続けると、甘えているように見える」と言われたのがきっかけですね。当初は新築とリフォームが事業の中心でしたが、今年2016年からは、遺品整理や生前整理、そして特殊清掃も手がけるようになりました。