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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
プロフィール 大阪府出身。父親が(株)松下建設を設立するに伴い、3歳で三島郡島本町に移り住む。その後、自身も不動産会社の営業職に就き大阪市内で勤務していたところ、父親が急逝。25歳で会社を継承した。29歳のときに高槻青年会議所のメンバーに加わり、33歳のときには第30回「高槻まつり」の発起人となり、「高槻ウェーブ」を立ち上げるなど地域活性化に貢献。現在は島本町の町興しに取り組んでいる。【ホームページ
 
 
 
大阪府三島郡島本町の不動産会社・株式会社松下建設。松下浩章代表取締役は、創業者である父の急逝で、準備期間もないまま事業を継承、苦労を重ねながら会社を発展させてきた。その間、高槻市の「高槻まつり」の踊り「高槻ウェーブ」を立ち上げるなど地域振興にも貢献。現在は島本町の町興しに力を入れ、“民泊”“シェアリングエコノミー”などのアイデアを実現させるべく奮闘中だ。松下社長が語る島本町の魅力、そして思い描く未来とは──。
 
 
 

準備期間もないまま25歳で社業を継ぐ

 
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インタビュアー タージン(タレント)
タージン 大阪府三島郡島本町の松下建設さん。御社では分譲住宅の開発・販売や賃貸物件の仲介など、不動産に関する幅広い事業を手がけていらっしゃるそうですね。島本町は松下社長の地元だとか。
 
松下 はい。私は、不動産会社に勤めていた両親のもと岸和田で生まれ、その後、父が島本町に転居して独立しまして。私も3歳でこの町の住人になったんです。弊社は、父が創業した会社で、私は2代目になるんですよ。
 
タージン そうでしたか。経営を引き継いだのは、いつ頃ですか?
 
松下 1991年、25歳のときに父が急に亡くなってしまったんです。当時営業職として勤めていた大阪市内の不動産会社を退職し、慌てて会社を継ぐことになりました。
 
タージン 準備期間もなくですか? それは大変なご苦労があったでしょうね。
 
松下 そうですね。その頃の弊社は本当に小さな会社で、スタッフは私と妻の2人だけでしたから。それに父の死は突然のことで、地主さんや家主さん、その他取引先の方々の情報も全くわからないまま。銀行に融資を断られたこともあるくらいです(笑)。