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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
プロフィール 大阪府出身。土木・建築業を営む家に生まれ、幼い頃から父親のトラックに乗って現場に行き、働く姿を見て育つ。15歳からは実際に現場に出るようになり、5歳年上の兄から厳しく鍛えられた。経験を積んだ後、独立。土木工事に加え、運送業をスタートし、2012年からは太陽光事業にも乗り出す。2016年には法人化を果たし、(株)中村建材とした。【ホームページ
 
 
 
兵庫県宝塚市の株式会社中村建材。代表取締役の中村稔氏は、老舗土木会社の次男として生まれ、15歳のときから現場で汗を流してきた。実家を守る兄に厳しく鍛えられ、やがて独立。現在は駐車場工事や道路工事のほか、太陽光発電の基礎工事や架台パネルの設置も行っている。建設業免許を取得し、さらなる事業拡大を視野に走り続ける中村社長。その激動の半生と、家族やスタッフへの感謝の気持ちをうかがった。
 
 
 

15歳で現場に入り土木の仕事を学んできた

 
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インタビュアー タージン(タレント)
タージン 兵庫県宝塚市で、道路や駐車場などの土木工事を手がける中村建材さん。今年2016年、念願の法人化を果たしたそうで、おめでとうございます! 中村社長は、37歳にして20年以上のキャリアをお持ちだとか?
 
中村 はい。私の実家は老舗の土木会社なんですよ。祖父が創業し父が継いだ会社で、15歳のときから現場に出ていました。きっかけは、すでに入社していた5歳上の兄に「ふらふら遊んでいるくらいなら仕事で汗を掻け」と言われたからです。
 
タージン まだ十代では大変だったでしょう。
 
中村 そうですね。身内だからこそ、他の職人よりいい仕事をしないと認めてもらえない。現場が終わった後で資材の積み卸しをしたり、寝坊すると蹴飛ばされたり、特に兄には厳しく躾けられました。でも、そうやって叱られながら働いているうちに、どんどん仕事を覚えることができまして。ものづくりの楽しさを知ることもできましたし、兄や父、祖父には感謝の気持ちしかありません。
 
タージン そうして、現在に至る下地がつくられてきたわけだ。しかし、せっかく実家にいたのになぜ独立を?
 
中村 土木の仕事は収入が不安定な面があります。妻と子どもがいたので、30歳の頃から独立を考えるようになりましたね。すぐに決断することはできなかったので、アルバイトをして生活を安定させようと、夜に運送業の仕事を始めました。
 
タージン 土木をしながら二足のわらじというわけですか。それはきつかったでしょうね。
 
中村 子どもの頃はトラックの運転手が夢だったので、仕事をするのは楽しかったですよ。ただ、体には大きな負担でしたね。夜はトラックを運転し朝から土木の現場に出ていると、夏でも4日目くらいで冷や汗が出て手足が震えてきましたから(笑)。
 
 
 
 

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