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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
プロフィール 三重県出身。飲食店を営む両親の姿を見て、幼少から起業を意識。学校卒業後は建設会社に就職し、その後、塗装の修業を始めた。そんな中、ボクシングと出合いプロの道へ。リングに立つのは3年と決め、26歳で引退、塗装の修業を再開する。師に恵まれ、技術を磨いて2011年に独立。個人事業主を経て、2016年4月に法人化を果たした。また、ボクシングサークル「黒武塾」の運営にも情熱を注いでいる。【ホームページ
 
 
 
三重県伊賀市で、建築塗装や防水工事を手がける株式会社岩城建装。代表取締役の岩城健人氏は、プロボクサーとしてリングに立った経験もあるという。塗装職人とボクシング、2つの舞台で修練を積んできた岩城社長は、2016年4月、さらなる飛躍のために会社を設立。“ペンキ屋”ではなく“塗装工”として、業界のイメージを一新すべく努力を続けている。キックボクシングの道場開設まで視野に入れる、岩城社長の活躍に迫ってみた。
 
 
 

厳しい親方との出会いで引き出しが増えた

 
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インタビュアー 原田龍二(俳優)
原田 三重県伊賀市で、家屋の塗装や防水工事を手がける岩城建装さん。岩城社長は地元のご出身だそうですね。
 
岩城 ええ、両親は市内で飲食店を経営しています。親が懸命に働く姿を見て育ったので、私も独立心が旺盛な子どもでした。自分でものをつくるのが好きだったし、親とは違う仕事で経営者になりたいと思っていました。
 
原田 そうした思いを胸に、飛び込んだのが建築業界の道だったと。
 
岩城 はい。高校卒業後、自分には外の仕事が似合うと思い建設会社に就職し、2年後、知人に誘われて塗装職人の修業を始めました。ただ、22歳のときにボクシングに出合うという大きな転機があったんです。友人の紹介でジムに入門し、プロのライセンスも取得して、親と「3年間だけ」と約束し試合のリングにも立ちました。
 
原田 ボクシングですか! もしかして、塗装の仕事と並行しながら・・・?
 
岩城 さすがにそれは難しいので、塗装の仕事量を減らし、ボクシングに注力しました。その分、休日にアルバイトをして生計を立てており、営業職や工場勤務、フォークリフトの運転手、ハウスクリーニングなど、様々なバイトを経験する中で、「やっぱり塗装職人をやりたい」という思いが募ったんです。約束通り26歳で現役を引退し、信頼できる親方を探して再び修業を始めました。
 
原田 その後弟子入りした親方は、どんな方だったのでしょう。
 
岩城 普段は口数が少ないのに、仕事に関してはものすごく細かい注意をしてくれる方でした。そのおかげで私も引き出しが増え、今の仕事に生きている。とても厳しい親方でしたが心から感謝しています。
 
 
 
 

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