B+ 仕事を楽しむためのWebマガジン

経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
glay-s1top.jpg
インタビュアー 畑山隆則(元ボクシング世界王者)
畑山 大南院長は、どのような経緯でこの道に進まれたんですか。
 
大南 私は幼少期から活発で骨折などの怪我をよくし、特に小学校の時に跳び箱から落ちて、複雑骨折したことがありまして。その治療にあたってくれた先生方への感謝の思いと、高校時代の先生の薦めから、柔道整復師の専門学校に進むことになったのです。
 
畑山 そうなると、高校卒業の時にはもう柔道整復師になると心に決めていたわけだ。
 
大南 そうですね。思春期の反抗期を終えて将来のことを考える節目に、両親にこれ以上負担をかけないで生きたいと思いました。また、人が好きだったので、人と向き合いながら世の中に貢献できて、将来は自分で独立開業できる職業をと考えた時に、頭の中の選択肢にあったのが柔道整復師だったのです。
 
畑山 それで、脇目も振らずにこの道一本で頑張り続け、まだお若いのに開業まで漕ぎ着けたわけだ。これは、相当な信念がないとできませんよ。
 
glay-s1top.jpg
大南 確かに、専門学校卒業後に勤めた接骨院での修業時代はしんどかったですね。1日の来院者数が367人を超えていまして、私たちスタッフは早朝6時半から夜中まで働き通しでした。激務が続いたために親指の靭帯が伸び、関節軟骨がすり減って激痛を伴うことがあるくらいでしたからね。それでも一生懸命働けたのは、支えてくれた恩師らが私をいろいろな面でサポートしてくれたことが大きかったと思います。
 
畑山 施術の技って場数を踏むことで身につくんだと思います。とは言え、靭帯を伸ばして、軟骨すり減らすまで頑張るのは余程強い気持ちがないとできないですよ(笑)。
 
大南 私が子どもの頃、祖父が地域の印刷業を営んでいたんです。仕事中、機械で指を飛ばしてしまったのに仕事を続けていた祖父や、祖父を支えていた祖母の姿が心に刻まれているんですよ。その影響はあるかもしれません。
 
 
 
 

アーカイブ一覧

分野で選ぶ

バックナンバー

最新記事

話題の記事