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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
プロフィール 兵庫県出身。損害保険会社の事務員を勤め、6年後に退職。その後、育児と仕事を両立させながら、介護員の資格取得を目指す。28歳でヘルパーとなり、10年間、介護職に従事した。2015年、父親の会社を引き継ぎ代表取締役に就任し、不動産管理、投資事業を手がける傍ら、アジア文化交流を目的に新事業を構想。2016年6月より、アジア圏を中心とした料理教室やインバウンド向けサービス等の準備を進めている。【ホームページ
 
 
 
日本政府観光局の発表によれば、2015年に日本を訪れた外国人数は約1974万人。2016年は前年の同時期を上回る数値を示している。その大半は、韓国、中国、台湾、香港を含むアジア諸国からの訪日だ。こうした中、株式会社アドワークの神谷雅代代表取締役は、アジア圏の文化交流のための新事業を打ち立てた。「日本と他国の文化を融合させた先に無数の可能性が広がります」と熱く語る神谷社長に話をうかがった。
 
 
 

中国との運命的な出会いが人生を変えた

 
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インタビュアー 川﨑麻世(タレント)
川﨑 神谷社長は、2015年に株式会社アドワーク代表取締役に就任し、アジア文化交流を目的とした新事業を立ち上げたそうですね。前職も同様の仕事をされていたのですか。
 
神谷 いいえ。前職では介護員として働いていました。心理学が仕事の助けになると思ったので、兵庫県から東京の色彩心理のスクールにも通っていましたよ。そこで中国派遣の話をいただき、中国語も勉強しまして。それが縁で中国の方々と知り合い、北京へ行ったのが新事業着想のきっかけです。
 
川﨑 前職は全く畑の違う仕事ですね。中国の方々とはどこで知り合ったのでしょう。
 
神谷 東京から帰る車中です。隣に座った中国団体ツアー客に話しかけたら盛り上がって、その場で北京へ行く約束をしました(笑)。約束通り北京に行きましたし、その後再訪中した際には日本の煮物料理を振舞いましたよ。
 
川﨑 何か、とても不思議な縁に導かれているのを感じます。東京の色彩心理のスクールに通ったことで中国語を学ぶ機会を得て、中国の友人との出会いにつながった。遡って考えると、介護の仕事に就かなければ、今の仕事の展開はなかったかもしれませんね。