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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
プロフィール 兵庫県出身。中学時代からバイオリンを嗜む。その後チェリストに憧れ、大学時代は管弦楽団に所属した。大学卒業後は、デザイン会社に内定が出るも、体質に合わないと感じアルバイトに従事する。コンピュータのデモ見学をきっかけに、プログラミングや設計の勉強を始め、SEとして就職。1983年に独立し、(株)セントラルシステムズを設立した。【ホームページ
 
 
 
Webシステム等のシステムソリューションや組み込みソフトの開発などを手がけるIT企業、株式会社セントラルシステムズ。代表取締役会長の大西寿郎氏は、人材育成や女性が活躍できる社内環境づくりに注力。「これからのSEには技術だけでなく、クライアント企業の経営をサポートする高度な発想が求められる」と語る。情報処理学科を卒業し、芸能界入りする前はSEを目指していたタレントの水野裕子氏が、大西会長ならではの言葉に耳を傾けた。
 
 
 

チェロの演奏に熱中した学生時代

 
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インタビュアー 水野裕子(タレント)
水野 システムソリューションや組み込みソフトの開発、さらにはサーバー等のインフラ構築など、多彩なIT事業を展開するセントラルシステムズさん。意外なことに、創業者でもある大西会長は理系出身ではないとお聞きしました。
 
大西 はい、私は中央大学法学部出身なんです。さらに、在学中はろくに授業に出ず、オーケストラでチェロの演奏に熱中していました。
 
水野 ITとは全く関係のない生活だったんですね。それがなぜこの業界に?
 
大西 大学卒業後は、デザイン会社に内定をいただきました。でも詳しい話を聞くと、どうも私の体質に合いそうもない。チェロで食べていくことはできないかと人に相談すると、チェロ1本のプロは日本に5人といないと言われ諦めました。アルバイトをしながら暮らしていたある日、たまたまコンピュータの新商品の展示を見に行ったんです。当時はまだ、紙テープに情報を記録していた時代ですよ(笑)。そのとき「この機械が進化したら、世の中はとんでもないことになる」という予感がしました。すぐに通信教育でプログラミングの勉強を開始。1年後、大学の先輩が勤めていた日本電気精器という会社に入社しました。
 
水野 それがSEとしての第一歩だったんですね。
 
大西 ええ、電算室に配属され大型汎用機のプログラムを組みました。そして数年後、私の兄がコンサルティング会社を設立しまして。「これからは、コンサルティングにもコンピュータのノウハウが必要だ」と説得され転職し、コンピュータシステムを含めた業務改善の提案に従事しました。このとき、ITの仕事のおもしろさや重要性に気が付いたんです。