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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
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インタビュアー 鈴木啓太(サッカー元日本代表)
鈴木 メンズオンリーのサロンを運営する飯島代表。今日は目黒区祐天寺のレッドマンさんにうかがっています。ヘアデザインだけでなく、ヒゲや眉毛などトータルでスタイリングしてくれるそうですね。
 
飯島 はい。当店は2016年4月にオープンした2店舗目でして、豊島区池袋に、1号店のレッドという店舗があります。どちらもメンズオンリーサロンとして、お客様の容姿に最適な、オンリーワンのスタイルをご提供するのがモットーです。
 
鈴木 店内のつくりからして男っぽくてカッコイイですよ。飯島代表はなぜこの道に?
 
飯島 実は父が理容師で、まだ現役で働いているんです。幼い頃、働く父の背中を見ながら、「自分も床屋になりたい」と思いましてね。
 
鈴木 お父さんの働く姿に憧れてこの道に入ったわけだ。
 
飯島 恥ずかしいから本人には一切言っていませんけどね(笑)。自ら磨き上げた技術を駆使して、楽しそうに仕事している。そのうえ、余暇には自分のやりたいことに時間を費やしている・・・。幼心に、父がとても自由に生きているように見えて、そんな生き方に憧れたんですね。それに、恐らく父も内心では私を理容師にしたかったと思います。でも、強制はされませんでした。そんな父の下で育つうちに、将来は理容師になるものだと自然に思っていましたね。
 
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鈴木さんもシェービングをしてもらいました!
鈴木 それ、僕とサッカーの関係にも少し似ていて、共感するところがありますよ。僕の場合は親ではなくて、漫画の『キャプテン翼』の主人公や、アルゼンチンのサッカー選手、マラドーナの活躍に刺激され、5歳の頃にはサッカー選手になるんだと自然と心に決めていました。それにしても、理容師の下積みって厳しそうなイメージがあります。独立するまでどれくらい修業したんですか。
 
飯島 理容師になるには、まず専門学校で基礎を学んだ後、実際にお店に勤務して経験を積むんです。実家が床屋を営んでいる人の場合は普通、5~6年も経つと家業を継ぐためにそれぞれの故郷に帰りますね。でも、私は修業先が実家の近くだったし、父も現役を続ける気満々でしたから、10年間は師匠の店で修業をしていました。1年目は寝る時間もないほど忙しくてきつかったですね。だけど、慣れてきた頃に一度気を抜いてしまい、努力している同僚たちに大きな差をつけられたことがありました。
 
 
 
 

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