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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
プロフィール 東京都出身。クリーニング店を営む家に生まれ、幼い頃からクリーニングが身近にある環境の中で育つ。家業を手伝っていた障がいを持つ人々と共に過ごすうちに関心を持ち、大学では社会福祉学科に進学。学業修了後は、障がい児が通う学校にて教員として勤務、後に社会福祉事業団にて働く。父の他界にともない、母が(株)武蔵屋の代表取締役に就任。母の誘いを受けて家業に入り、2015年から後を継ぎ代表取締役に就任した。【ホームページ
 
 
 
今年で創業67年目を迎える株式会社武蔵屋。その歴史は、荒川区の小さなクリーニング店から始まった。代表取締役社長の小林総子氏は、まだ「クリーニング」が世間に浸透していなかった頃から事業を手がけ、顧客に誠心誠意向き合って信頼を築いてきた先代の思いを受け継ぎ事業を発展。そんな小林社長がクリーニング業に、そして共に働く従業員に懸ける思いとは? それは、順調に業績を伸ばし続けている秘訣にもつながっていた。
 
 
 

老舗クリーニング店からの発展

 
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インタビュアー 名高達男(俳優)
名高 こちらでは、一般向けの衣類や業務用ユニホームのクリーニング、リネンをクリーニングして繰り返し貸与する、リネンサプライなども手がけられているとうかがいました。もともとは、小林社長のお父様が創業された会社だそうですね。
 
小林 ええ、1950年の当時はまだ「クリーニング」という言葉が浸透していない時代でしたから、自転車で一軒一軒お宅を訪問し、衣類をお預かりすることで店を営んでいたようです。またその頃は自宅と作業場が一緒でしたから、夜は衣類を煮る釜にお風呂として入ったりアイロン台で眠ったりと、日常生活の中に常にクリーニングがありました。
 
名高 暮らしと仕事が密接な環境だったんですね。それが、さらに今のような事業形態に発展するまでにはどのような経緯が?
 
小林 父が地道にお客様のところに赴き懸命に仕事をする姿が認められたのか、ある時、現JRの国鉄から、新幹線「こだま」の背もたれカバーのクリーニングのご依頼をいただいたんです。それが、会社にとってとても大きな転機となりました。今でもJR様からはご依頼をいただいており、その恩恵もあって新日本セシオ(株)、新日本ビルサービス(株)という2社をグループ会社として構えるまでになりました。
 
 
 
 

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