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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
プロフィール 福岡県出身。九州造形短期大学卒業後は、上京して(株)NHKアートに出向し、テレビ番組のテロップ制作に従事するも、8ヶ月で退職。その後、地元に戻り複数のデザイン事務所で仕事をするが、自身の理想とする考えに当てはまるところがなかったため、22歳でフリーランスに。27歳の時に武者修行のため再び上京し、外資系の広告代理店などで経験を積む。そして東日本大震災が起きた2011年に(株)KOORIを設立。名だたる企業の広告制作を手がけている。【ホームページ
 
 
 
あらゆる有名企業のブランディングとトータルデザインを手がけている株式会社 KOORI。同社はクライアントの期待を上回る大胆なデザインと仕事への情熱で、多くの実績を残している。東日本大震災後の起業時には、「デザインを通して日本を元気づけたい」と強く思ったという郡正志氏。期せずして熊本地震が起きた日に、デザインの持つ力について、自身の歩みや広告制作のエピソードを通して語ってくれた。
 
 
 

理想のデザインができる場を求めて

 
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インタビュアー 杉田かおる(女優)
杉田 とてもオシャレなオフィスで、さすがはデザイン事務所といった雰囲気ですね。広告デザインをメインに数々の作品を手がけられているとうかがいました。昔から郡さんはクリエイティブなことに興味をお持ちだったのでしょうか?
 
 ええ、小さい頃から絵を描くことが好きな子どもでした。それで短期大学ではグラフィックデザインを学び、卒業後はデザイン事務所に入りました。でも、どこの事務所に行ってもどこかピンと来なくて。当初はいろんな事務所の門を叩いていましたね。
 
杉田 私も「杉田かおる」というブランドをつくり続けていくために、芸能事務所を転々としてきましたから、そのお気持ちはよくわかります。型にはめられるよりも、私は常にゼロから生み出していきたいタイプなので。
 
郡 私の場合は、自分が「良い!」と思うものを受け入れてもらえないことに窮屈さを感じていました。世の中にある広告が、どこか「ダサい」とすら感じていて。今思えば生意気ですよね(笑)。ただ、勢いや気合いだけは十分で、フリーになった後にそんな私の気質を買ってくださった方がいたんです。食の卸・販売を手がけている大きな企業にいらっしゃったクリエイティブディレクターの方で、アシスタントとしてレストランやスーパー、ショップなどのトータルブランディングにも携わらせてくださいました。お店をゼロからつくり上げる仕事だったので、コンセプトを形にしていく、ということをその方から学ぶことができましたね。
 
 
 
 

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