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経営者インタビューEXECUTIVE INTERVIEW

 
プロフィール 東京都清瀬市出身。小学生の頃から競泳に打ち込むも、根性論のみのスパルタ指導に疑問を持ち、自ら指導者を志す。大学卒業後は教員採用試験の勉強をしながら競泳のインストラクターとして活動し、その後、公立中学校のバレーボール部コーチを兼務。さらには肢体不自由児の介助員や学級経営補助員、特別支援学校の補助員なども務め、2013年9月に「みどりの寺子屋」を開塾した。【ホームページ
 
 
 
有名校への合格者数をことさらに宣伝し、塾生の獲得競争を繰り広げている塾業界。そうした進学塾とは一線を画した教育を行っているのが、東京・清瀬市にある「みどりの寺子屋」だ。同塾では生徒一人ひとりにしっかりと向き合い、個々に合った指導法で学力向上をサポートしつつ、勉強以外でも様々な経験を積ませている。代表を務める緑川慎吾氏は、約20年にわたる教育現場でのキャリアを活かし、塾生との信頼関係を築く。
 
 
 

子どもたちが納得できる指導を

 
緑川 城さん、今日はお目にかかれて光栄です。実は私は城さんと同い年で、1996年のアトランタオリンピックでブラジルを打ち負かした「マイアミの奇跡」の頃から憧れていたんです!
 
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インタビュアー 城彰二(サッカー元日本代表)
 それはありがとうございます! とてもしっかりとした体格をなさっていますが、緑川代表も何かスポーツを?
 
緑川 ええ、小学時代に競泳の選手をしていました。実はそれがきっかけで、教育に携わりたいとの夢ができたんですよ。
 
 ほう、競泳と教育がどのようにして結びついたんですか?
 
緑川 私たちの世代って、特にスポーツは今のような教えられ方ではなく、技術や理論を教わっていないうちから、とにかく指導者の言う通りの根性論でやらされていましたよね。私はそうした指導法に対して、子ども心に違和感を抱いていました。
 
 わかるなあ。僕たちの時代は真夏に水分補給をすることさえ禁じられていましたからね。
 
緑川 だからこそ、私は子どもたちがちゃんと納得できるように教えられる指導者になりたいと思ったんです。また、学校の先生はどうしても一部のやんちゃな子を中心に指導をしがちで、いわゆる普通の子はあまり気をかけてもらえなかった。ですから、自分が教員になって教え子一人ひとりにしっかりと目をかけてあげたいとも考えたんです。 
 
 
 
 

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